エデュカントの星(第2話)

 その真意を悟られないよう騎士団に入団したベルセリア、ガロ、そしてもう一人のブリストル。国を守る王国騎士をめざす者たちとは別に、彼らは野望や思惑を胸に秘め、騎士団の館へと道を行く。
 彼らはまだ知らなかった。その過酷なる行く末を知る運命の歯車が、いままさに大きく回転し始めたことを。

 「バカ者、逃げろ!」

 入団試験の三日後、新人たちが騎士団の館へ到着した。
 ここは騎士たちの本拠地だ。ひとり一部屋与えられるほか、館には訓練場や武器庫、会議室などもある。
 館には男性が住み、女性は王宮近くのレディナイト専用の館に住むが、訓練や食事は一緒に騎士団の館で行う。
 「よろしくな、見習いのベルセリア・エノテカだ。ベルでいい。こっちは同じく見習いのガロ・ソノマ」
 気さくな性格のベルセリアはすぐ周りにとけ込んだ。一方、ガロは相変わらず一歩引いている。そんな彼を放っておけず、ベルセリアは事あるごとに抱き合わせで紹介した。
 「見習い? あれだけ強かったのに?」
 入団試験の昼食で声をかけてきた少年の一人が首をかしげる。
 「あ、おまえ、試験で会ったな」
 「覚えてたか。オレはピンカートン。通称ピンだ」
 少年も自己紹介した。彼の隣りにいたずんぐりした体の少年も身を乗り出す。
 「オイラはポンサドーレ。ポンと呼んでくれ」
 「オレはパンセル。パンでいい」
 赤毛を毬栗のように逆立てた少年も名乗る。ポンの体型をのぞけば、三人とも同じ年齢と背丈でまるで三つ子のようだ。ベルセリアと同じ16歳だった。
 「ピン・ポン・パンだな。おまえたちは正規の騎士か」
 ベルセリアの質問にピンが胸を張る。
 「昨日叙任式をしたばかりだ。国王から任命されて感動的だったぞ。ベルだって騎士の判定試験に合格すれば正規になれるだろ」
 「まーた試験か。めんどくさいな」
 和気あいあいとする中、気後れして一人たたずむガロに声をかける青年がいた。
 「やあ、入団試験で会ったね」
 「ああ、ブリストル家の話をした…」
 ガロは昼食で見た柔和な青年の顔を思い出す。
 「シレオン・ドゥミセックだ。見たところ僕の方が年上かな、20歳(はたち)だから」
 「そうですね、オレは18です。ガロ・ソノマといいます」
 「敬語はいいよ。同期だから」
 目の細い穏やかそうな青年だ。あたりの柔らかさにガロは安心感を覚え、打ち解けた。
 「ガロは騎士団の生活には慣れたかい。朝5:00に起きて自主訓練。三度の食事を挟んで、講義や剣の特訓を繰り返して、夜10:00就寝。まるで体育会系の合宿だ」
 「確かに。優雅な白銀(しろがね)の甲冑姿から華やかなイメージがあるけれど、実生活は地味だからギャップがある」
 ようやく落ち着いた顔を見せたガロに、ベルセリアはよしよしとうなずいていた。
 
 騎士の教育係には騎士団長たちや退役騎士が就いた。ベルセリアは剣の教師の一人である騎士団長を見つけて駆け寄った。
 「おっさん!」
 「おお、チビ助、私を翻弄させておきながら見習いだと聞いたぞ」
 ベルセリアに剣の試験をした大男だ。入団を心から歓迎しているようだ。
 「良いか、騎士団長や先輩には必ず敬称をつけるのだ。男性には『殿』、女性には『様』。私の名はトラントドン」
 「殿トラントドン?」
 「こら、ふざけてるのか」
 ベルセリアはどうしても敬語が使えなかった。これには騎士団長一同が頭を抱えた。だが放置された。教えなければならないことが山とあるのにかまっていられなかったからだ。というのも、ラムー河の戦いで騎士団に過大な犠牲者がでたため、早く一人前の騎士を育てる必要があったのだ。
 ティタンジェは鬼軍曹だった。とにかく厳しい。
 「いまから打ち合い三千回。――そこ、誰が休んでいいといった。あと千回追加する」
 涼しい顔をして毎回過酷なノルマを与えてくる。
 恨まれないのは圧倒的な強さと適切な指導、そしてしごきに耐えると美しい顔をほころばせる。
 「皆、今日もよくついてきた。動きが格段に良くなっている」
 クールビューティーの顔に浮かぶ微笑みが男性陣にはたまらないらしい。
 「さすが、『騎士団の黒水晶』と呼ばれるだけあって綺麗だよなあ」
 とまあ、単純である。ベルセリアも「鬼軍曹め」と悪態をつきながらも、元来の負けず嫌いと、的確な指導力には納得しているようでおとなしく従った。

 ベルセリアやガロだけでなくの他のメンバーもそれになりに秀でていた。
 ピンは敏捷性に優れ、ポンは怪力を生かした両手持ちの大剣(たいけん)が得意で、パンやシレオンは文武両道だった。とくにシレオンの剣の腕前は一目置かれた。穏やかな風貌に似合わず容赦ない切り込み方をしてくる。
 「シレオンとガロはどっちが強いんだ」
 「今度賭けようぜ」
 「次はラネッサン様の騎士道精神の講義か。あ、ベル、どこへ行く」
 「あー、私は腹が痛いから休むぞ」
 ラネッサンは入団試験で面接官をした元レディナイトだ。厳格でふまじめな態度には手厳しい。ベルセリアは毎回避けていた。
 <どうもあのオバハンは苦手だ。隠れてマンガ読んでサボってると、なぜかあいつには見つかる。鋭くてめんどうなやつだ>
 その鋭さがのちに王国を救うのだが、それはまだ先の話。

 特訓と講義だけの生活に飽きてきた頃、「今日はドムラの乗馬訓練だ」と言われた。とたんに新人たちが活気づく。
 ドムラとは騎士専用の乗馬である。普通の馬が地面から腰の高さまで160cmくらいであるのに対し、ドムラは軽く3メートル近くある。巨大なうえ獰猛だ。丸太のような脚は成人でも踏みつけられたら命を落とす。辺境の魔物もドラゴンもおそれもせず、沼地でも荒れ地でも速度を落とさずに早駆けできる品種である。 
 馬場へ集まるとすでに何頭かが手綱を杭に結ばれて連れ出されていた。
巨大な青い馬たちが黒い鬣(たてがみ)をひるがえして居並ぶ姿は壮観だった。興奮して浮足立つ新人たちに担当の騎士団長ティムールは苦笑しながら扱いを注意した。
 「知ってのとおりドムラになめられては背に乗せてもらえない。毅然とした態度で名前を呼ぶ者を主人だと判断する。名前は杭に書いてあるとおりだ」
 返事をしながらベルセリアは思っていた。
 <なんだ、意外と簡単だな>
 生物の頂点にたつドラゴンを扱う学校にいたので気の荒い馬ごとき恐るるに足りなかった。ドラゴンを服従させるには戦って勝つか、何日も飲まず食わず微動だにせずで対峙して根負けさせるしかない。それに比べると調教済みの馬などたやすいものだ。
 各自がドムラの前に立たされた。まずはティムールが見本を示す。
 鞍にまたがり、手綱を使って立ち上がらせると新人たちの間から歓声があがった。
はじめ、の合図のあと、いち早くドムラに乗ったのはガロだった。誰もがその手慣れた扱いに目を奪われた。口々に「すげえ」「すごい」と感心される。
 それにも気にせず、ガロは獰猛な馬の上ではやる気持ちを抑えきれない様子で楽しそうに後ろ頭をなでる。
 一方、ベルセリアの前ではドムラが声高に嘶(いなな)いて前足を大きく振り上げていた。小柄な少女を軽蔑して威嚇しているのだ。しかし、ベルセリアは一歩も引かない。むしろ、それが脅しのつもりかと、フンと鼻を鳴らす。暴れるドムラを押さえつける先輩騎士を尻目に、一歩前に踏み出した。そして猛るドムラと驚く騎士を無視して手綱を結ぶ杭の上に軽やかに飛び乗る。
 次の瞬間には杭から手綱をつかんだかと思うと、長いツインテールを揺らしながらその場で高く跳躍した。ドムラの顔の正面に飛び出る。そしてグイと力強く手綱を引き、気の強そうな両のつり目でギラリと睨んでその目を矢のように射抜く。
 <馬、逆らえば八つ裂きにしてドラゴンの餌だ!>
 鋭い殺気に射すくめられ、ドムラは凍りつく。ベルセリアが地面に着地すると同時に勢いをなくしてしまった。
 「よーし、いい子だ」
 借りてきた猫のようにおとなしくなったドムラをしゃがませて鞍にまたがる。ドムラを押さえていた騎士がキツネにつままれたような顔で馬上の小柄な少女を見上げる。
 「君、ドムラの名前を呼ばずに従わせたのか?」
 「名前? あ、忘れてた」
 「忘れてたあ?!」
 「ああ、どうも従順ないいやつみたいでな。なあ、おまえ」
 ベルセリアが優しく馬の首筋をなでているにもかかわらず、騎士の目にはドムラが怯えているように見えた。
 最初は手こずっていたシレオンもやがてガロに続いた。
 「なんだ、こいつ、危ないぞ」
 まだ乗れず、噛みつこうとするドムラをよけて少年が叫ぶ。
 「おーい、リュー、無茶するなよ」
 地面が遠いのでドムラの上でシレオンが呼ぶように声をかける。見ていたガロも遠慮がちに声をかけた。
 「あまり動くな。ドムラは余計な動きに興奮する癖があるんだ」
 リューは言われたとおりにして乗った。一息ついてガロを見る。
 「おまえ、すごいな。こんなのよく簡単に乗ったよ。ドムラの性質も詳しいし」
 「いや、その、いろいろと研究して…(ごにょごにょ)」
 「研究? 変わったやつだ。オレはリュー・ブリュット・モンテス」
 ガロと同じような年齢の少年だ。負けん気が強そうでまだやんちゃなところが抜けない悪戯っぽい瞳をしている。
 「慣れるまでこれだとキツイぞ。オレは普通の馬がいい」
 リューのぼやきを「でも」とガロが受ける。
 「ここからの眺めは格別だ。見てみろ、誰よりも高い視野で全景が一望できる」
 言われてシレオンとリューは前を向いた。高さ3メートルからの眺望はドムラにてこずる新人や指導に当たる先輩の馬場の全貌がつかめた。それだけではなく、館の外に広がる緑地、普段は建物の陰に隠れている王宮、遥か彼方の迷いの森も視界に写る。
 「これが騎士の見る風景か。平和な景色も激しい戦闘も等しく俯瞰で捉えながらドムラを走らせるんだな」
 シレオンが感慨深げにつぶやいた。並ぶリューも
 「すごいな! 一瞬、自分が騎士団長になったかと思った。早く指揮が取ってみたいぜ」
 感動で顔を輝かせて「進めー」とポーズをとる。
 ガロはこの二人が好きになった。
 まるでドムラに向かないのがピン・ポン・パンだった。荒れるドムラの前で大騒ぎしているのをベルセリアがからかう。
 「なにやってるんだ。かっこわるいぞ(ケッケッケッ 笑)」
 「うるさい、手伝えよ」
 必死になってピンが叫ぶ。
 「しかたないな」
 言ってドムラから降りて三人を手伝った。しかしベルセリアでも三頭は手こずる。しまいにはドムラ同士が喧嘩を始めた。
 「あれはあぶないな。あの4人は踏みつけられそうだ。手伝ってくる」
 シレオンがドムラから降りて助けにいった。
 突然、ドムラが激しく嘶いた。三頭のドムラが急に暴れ出したのだ。それだけではない。結わかれていた杭から手綱がはずれ、何頭かのドムラが暴走を始めてしまった。
 「新人、馬場から退避! 係はドムラを杭から離すな!」
 騎士団長ティムールの声に全員が騒然となった。馬場はドムラ同士の乱闘になった。何頭もの青い巨体が鬣を振り乱し、丸太のような前足を振り上げて棹立ちになる。絶望的なほどの高さと圧倒感。地上にいる者たちには恐怖の光景だった。もう名前を呼ばれても服従しない。新人たちは我れ先にと出口めざして逃げ出した。
 ガロは手綱を取りながら戸惑うリューに指示を出す。
 「リュー、降りるな。踏みつぶされる。乗っているドムラを一緒に暴れさせないよう端へ退避させろ。絶対に手綱を離すな」
 慣れた騎士は安全圏を瞬時に見つけたりドムラの回避方法を知っている。だが、新人たちはそうもいかない。混乱に収拾がつかなくなった。ティムールも助けに行きたいが、暴れる2頭のドムラを抑えるので精一杯だ。
 一人、ベルセリアだけは本能でドムラの動線を読んで逃げていた。
 「三人とも、私に続け!」
 ベルセリアが後ろを走る三人組に声をかける。ドムラの起こす土煙で視界は悪いが出口だけは見当が付いている。
 だが、そのベルセリアが転んでしまった。
 「ベル!」
 「バカ者、逃げろ!」
 止まって助けようとするピンをベルセリアは一喝する。そこへ大地を削るように迫りくる一頭が突進してきた。二人は息を呑んだ。ベルセリアはとっさにピンを突き飛ばした。
 「かまうな! 行けっ!!」
 そのときだった。わきから黒い影が風を切る速さで疾走してきた。影は地を蹴りドムラの脇腹へ体当たりする。不意打ちに大きくよろめいた。そして標的を変え、黒い影の逃げる方向へ走っていく。
 <助かった…>
 甘かった。さらに後ろから別のドムラが迫っていた。いくら身軽なベルセリアでもよけきれない。
 <今度こそダメだ!>
 ベルセリアは覚悟を決めてきつく目を閉じた。
 何かがぶつかり、大きなものが倒れる音が馬場に響く。迫っていたドムラが別のドムラに跳ね飛ばされたのだ。
 目を開けるとガロが馬上から飛び降りてくるところだった。彼が自分のドムラを追突させて跳ね飛ばしてくれたのだ。
 「ガロ!」
 ベルセリアが叫ぶ。ガロはまだ荒れている残りの三頭分の手綱を素早くつかむと、慣れた綱さばきでおとなしくさせて場を制圧した。その手際の良さに誰もが目を見張った。
 「どうした、何事だ」
 応援を要請されたティタンジェが馬場に入ってきた。
 「ドムラが暴れましたがおとなしくさせました」
 緊張した顔で説明するガロを見て
 「君一人でか?」
 とレディナイトは眉をひそめる。
 続いて駆けつけた騎士団長たちや先輩騎士によってドムラはすべて押さえられた。
 「ガロ、すごいな! 礼を言うぞ、おまえのおかげで命拾いした」
 ベルセリアはガロに飛びついた。
 「こら、重いぞ、ベルセリア」
 ガロがベルセリアをひきはがす。
 「大丈夫か」
 シレオン、リューが駆けよってきた。リューが尊敬の眼差しでその肩を掴んで揺さぶる。
 「ガロ、おまえドムラの天才だな」
 「いや、これはたまたまで(ごにょごにょ)」
 「新人一人で三頭も操れるなんて天才としか言いようがないよ」
 シレオンもガロの肩に手を置いて彼をたたえる。戻ってきた新人たちだけでなく、先輩やティムールも褒めたたえた。
 ガロは軽く握ったこぶしを胸にあて頭を下げて騎士の礼をしながらみんなに背中を叩かれて恥ずかしそうにしている。
 「ベルセリア、ピン!」
 ポンに続いてパンもやってくる。
 「ベルが助けてくれたんだ。ありがとう」
 半ベソをかくピンに笑ってベルセリアが慰める。
 「泣くやつがあるか、バカ者」
 「だって、ガロと黒い影が助けてくれなかったらいまごろベルが死んでたと思うと…」
 「黒い影?」
 ポンとパンが口をそろえて尋ねる。
 「ああ、いたよな、ベル」
 「いや、私は何も見なかったぞ。見間違えだろ」
 この騒ぎで乗馬の授業は終わりとなった。

 夕方、ガロは厩舎を訪れた。干し草を与えて世話をしている飼育係に尋ねる。
 「あのう、ツカサというドムラは…」
 「ああ、まだいるよ。かわいそうに元の乗り手を待って暴れて手がつけられないんだよ。本当なら処分するんだが、ティタンジェ様が自分のドムラのボタンと双子だからとがんばってくださってな。いまは一番奥の囲いにいるよ」
 厩舎の奥にやせ細ったドムラがいた。反抗して食事もまともに摂らないのだろう。血走った目でガロを見て侵入者を警戒する鳴き声をあげ力なく暴れようとする。痛々しかった。
 ガロは臆せず近づき、そっと耳元に口を寄せた。
 「ツカサ、オレだ。わかるか」
 優しく顎の下をなでてやるとドムラは何か思い出したように瞳を大きく見開いた。そして嬉しそうな嘶きを厩舎にとどろかせた。
 その声に驚いた飼育係が飛んでくるとガロがツカサをつれてやってくるところだった。
 「ぼうず、そのドムラ…」
 「もう暴れないよ。誰も乗り手がいないならオレが乗っていいかな」
 「ああ、かまわんよ、ティタンジェ様がお許しになるなら」
 「なら大丈夫だ。このまま弱らせるわけにいかないのはティタンジェ様もわかっている」
 嬉しそうに言ってツカサに乗る。
 「早駆けしてきていいかな。すぐに戻る」
 「じゃあ、オレからティタンジェ様に言っておくが…」
 ドムラの中でも特に気性の激しいツカサが元の乗り手以外になついている。戸惑いを隠せない飼育係を残して嬉しそうにドムラと草原を駆けに行った。

 執務室で報告を受けたティタンジェは信じられないといった顔をした。
 「ガロ・ソノマがツカサを? バカな。ボタンの乗り手の私すら近よせなかったのだぞ。ツカサは本来の乗り手の…」
 ティタンジェはめまいを覚えた。
 「どうかしましたか、ティタンジェ様」
 「いや、なんでもない。立ちくらみだ」
 「ティタンジェ様、あのままではツカサも長く持ちませんでしたし乗り手がいるのなら処分されずに済むかと」
 「私もそう思う。許可しよう」
 「ありがとうございます」
 飼育係が部屋から出ていくとティタンジェは椅子に腰を下ろした。ツカサが処分されないとわかり安心した。しかしガロ・ソノマに不審感はつのった。身元を調べさせたが問題はなかった。だが、いまひとつ納得がいかない。
 <しばらく様子を見るしかないか>
 と、美しい顔を考え深げに曇らせた。

 「爺」
 レディナイトの館へ戻る途中、誰もいないのを見計らってベルセリアは声をかけた。
 茂みから黒い犬が出てきた。並んで歩くベルセリアが冷気を含んだような声で
 「さきほどは助けられたな。礼を言う。おまえ、怪我はないか」
 『勿体ないお言葉。このとおり大丈夫です。ベル様がご無事で何よりです』
 「ならばいい。それで、ブリストルの関係者の調べはついたか」
 『はい、何人か気になる者はいましたが、一番怪しいのは…』
 「ガロ・ソノマ、だな」
 『はい。経歴詐称の様子はありませんが、騎士団申込書に「サンタローザ村出身」「学生」としか書いていないのです』
 「あいつの能力にしては凡庸なうえ情報が少なすぎる。ひっかかるな」
 『おっしゃるとおりです』
 「だが奴がブリストルなら私を殺そうとしたのに助けた理由がわからない。逃げている最中に何かが足に絡まった。あんな平らな場所で私が転ぶものか。私がブリストルと知って計画的にドムラを暴れさせてはめようとしたのだろう」
 『なんと!』
 「それがガロだと矛盾する。しかし、なんであれおとなしくしてもらおう。おしいな、いいやつだと思っていたのに」
 ベルセリアが急に立ち止まった。
 『どうかしましたか』
 「爺、今日は星が綺麗だな。毎日が訓練ばかりで空など眺める余裕がなかったぞ」
 ベルセリアの頭上で星が瞬いている。
 『本当ですね。いくつも星座が見えますよ。エデュカントの星もはっきりと見えます』
しばらく二人は星を眺めていた。星もまた、そんな彼らを、地上にあるすべてを見ていた。ツカサの世話をするガロを。剣の手入れをする騎士たちを。語り合うシレオンやリュー、疲れて眠るピン、ポン、パンを。書類に目を通すティタンジェを。
 空を眺めているといつもベルセリアには地上の争い事がちっぽけであるかのように思える。だからといって調査の手を緩める気はない。
 「爺、引き続き頼んだぞ」
 『心得ました。ベルデッキオ様にエデュカントの星の光が宿りますように』
 「おまえにもな」
 犬は草むらに消えた。
 ふああ~とあくびと伸びをしてベルセリアはまた歩き出す。
 「よし、風呂でも入って私も暗殺計画でも練るかな」

 物騒なことを言いながらベルセリアはレディナイトの館へと急いだ。