エデュカントの星(第8話)
緑豊かな豊穣の国リーザカインド王国にザビンツ兵侵略の危機が迫っていた。ドラゴンへ共闘を説得するベルセリア。死喰いとの戦いにすべての望みをつなぐガロ。
それぞれの想いが重なる中で、決戦の刻(とき)は近づいていた――。
「私さえ生き残ればよい。いずれ世界を制圧できるからな」
ベルセリアがドラゴン調査を終えて騎士団の館へ帰る途中、乗っていたポチが進路を変え、森へ向かった。開けた土地に着地し、一声鳴くと、目の前の緑色の山が動いた。しかし山だと思っていたのは巨大なドラゴンだった。
<インペリアル種!!!>
ポチたちマッカラン種の始祖で絶滅したとされていた種族。普通のドラゴンの100倍の大きさにベルセリアは言葉を失った。
≪我らの仲間がつれてきた人の娘、おまえは何者だ≫
頭の中に声が響く。ドラゴンが話しかけているらしい。そこで身分やいきさつを話した。
≪よく調べたな。仲間に忠告する。今夜は森に泊れ。蒼き龍の星座もよく見える≫
「おまえたちにも星座があるのか。教えてくれ。私たちにも英雄の星座があってな…」
星空の下、インペリアル種と楽しく語りあかした。
翌朝、礼を言ってポチに乗り込むと東の空に黒いドラゴンの大群を発見した。
「操られたシーバス種たちか?! あの方角、騎士団の館がある!」
≪森のドラゴンたちを従わせるから連れてゆけ≫
「助かった、ボス。礼を言う」
≪「ボス」とは私か?≫
「そうだ。一番偉いんだろう。じゃあボスだ」
こうしてベルセリアは何十頭ものドラゴンを連れて館へ引き返し、騎士団を襲おうとしたドラゴンを撃退したのだった。
≪断る≫
インペリアル種がベルセリアの要請に静かに答えた。
≪己の力で解決しようともせず強い者を頼るばかりの甘えに私はつきあう気などない≫
友達になったと思っていたが違ったようだ。超然とした態度にあきらめるしかなかった。
「気が変わったら来てくれ。ここから東に90キロの地点で戦っている」
ドラゴンから緑色の光が消え、また森に闇が戻った。
「沈黙したか。帰るぞ、爺」
「良いのですか」
「仕方ない。インペリアル種は世俗から超越した存在なんだ。私が甘かった」
ベルセリアは寂しさを振りきるように闇に背を向けた。
翌朝、騎士団長から部隊編成と作戦が発表された。
「二日後に同盟国ダイロンの援軍がくる。しかしあくまで“予定”だ。当てにできない。先手を打ち、平地で敵を牽引する部隊と、ボルガノ山でオリビエを捕獲する部隊に分ける」
決戦の火ぶたが切られた。平地は激戦となった。武器がぶつかり合い、怒号が飛び交う。その頃、山地では密かに侵入した騎士たちに悲劇が襲っていた。
「戻れ! 罠だ!」
その声でとどまった者もいたが、半数は飛び出したまま落とし穴や網にとらわれた。声を上げたのは隙だらけの敵本陣に違和感をおぼえたガロだった。
「ガロ、どうしてここに?! 君は平地の部隊だろ」
先輩騎士が驚いてガロを見る。そこへ高台のテントからオリビエが姿をあらわした。悪夢が死霊をまとって飛来するかのように。それを合図にザビンツ兵たちが落とし穴や網に大きな壺の中からどす黒い液体をかける。
騎士たちが絶叫する。助かった者たちが見たのは苦悶の形相で息絶えた仲間の凄惨な姿であった。高台のオリビエがうっすらと笑う。
「ドラゴンを操るほどの劇薬、人間では死んで当然か。あとはおまえたちでやれ」
ザビンツ兵が襲いかかる。罠で指揮官を失ったうえ人数を削られて状況は不利だ。
ガロは剣を握り直し、怖気づく騎士たちの先頭に立った。
「隊形を整えろ! 弓矢隊、敵を牽制!」
浮足立った騎士団はその声に我に返り、戦闘態勢に入るのだった。
上空ではベルセリアが前日の活躍から敵ドラゴンたちに集中攻撃されていた。
<父上たちは昨日のロイヤルロッホナガー種が暴れて王都まで迫っている報告を受け、防衛に向かったからドラゴン使いも少ない。これではもたない>
ついにポチが血飛沫をあげ、青ざめるベルセリアを乗せたまま落下してしまった。
山のふもとから声がした。ガロたちの元へ騎士団がなだれ込んでくる。平地にいたティタンジェの部隊だった。きな臭さを感じ、作戦を変更して駆けつけてきたのだ。
「進め! ひるむな!」
圧倒的な強さで敵を倒すティタンジェが道を切り拓く。弓矢を物ともせずボタンが先頭で驀進する。強力な戦力が加わり、展開は有利に転んだ。
高台から見ていたオリビエはマントを翻して山中へ入っていく。
それを見たティタンジェとガロがドムラで後を追う。二人は林の中で巨大な風車に手をかける彼を発見した。咄嗟にガロがツカサにつけていた予備の武器の大斧を風車めがけて投げつける。空を切って命中し、歯車を壊しただけでなくオリビエにも傷を負わせた。ドムラからおりた二人が剣をかまえる。傷をかばい剣を抜くオリビエが忌々しげにうめく。
「おのれ。これに先ほどの薬を入れて散布すれば山中の者は全滅だというのに…」
「正気か?! ザビンツも犠牲になるぞ」
「私さえ生き残ればよい。勝てばそのまま君臨し、負けても戦勝国の兵士に、上官に、やがて王にと体を乗り継ぐ。勝者になり続ければいずれ世界を制圧できるからな。
我々は優れた特性を持ちながらも何千年と隠れて生きてきた。永遠の命を持つも同様なら世界征服もたやすいと気づいた私は魔力を身につけ、魔物を操り強力な軍隊を作った。まずは今後の脅威となるリーザカインドをつぶす。そして世界征服後は私に従わぬ闇の世界を侵略するのだ。魔物と人間の軍隊を使ってな」
「それがおまえの狙い…。世界に永遠の戦乱を起こす気か!」
「気でも狂ったか、オリビエ。下がっていろ、ガロ・ソノマ」
剣を抜いたティタンジェがオリビエめがけて駆けだした。
一太刀、二太刀、剣が重なる音が響き合う。怪我のためオリビエの動きが鈍い。とはいえ、ティタンジェはオリビエの剣を受けながら感じていた。
<この剣、オリビエではない?>
剣が唸り勝負あった。オリビエが剣を落とす。
「降参しろ、オリビエ。ラムー河で何があったか知らないが、リグベーダと相談して元に戻してやる」
窮地に陥った死喰いの瞳に何やら妖しい輝きが宿った。
「そうか、おまえは”ラムー河”で森にいたレディナイトか。では始末するのは簡単だ。この体、傷も負ったことだ。女とは不便だが、おまえは使えそうだ――森を思い出せ」
ドクン、とティタンジェの心臓が大きく跳ね上がった。そのまま意識が遠のき、顔から精気が消える。死喰いはその顔を持ちあげ、魂の奥底まで覗き込むように凝視した。
ところが、勝ち誇っていたその顔が驚愕と怒りで歪んだ。
「なぜ入れない! 一体に一人までだからか!」
「やめるんだ!」
振り向くと剣を大きく振りかぶったガロがいた。しかし、動きが止まっている。
<死喰いを連れて帰らねばオレもティタンジェも元に戻れない>
躊躇しているガロの隙をつき、死喰いは落とした剣に手をかける。
<ダメだ。術が使える限りこの狡猾なやつは逃げ延び、必ずまた世界征服を企む。でも、戻れる望みもある。しかしいまが仕留める最後のチャンス…>
ガロは瞬時の決断を迫られた。そして――。
死喰いより先にガロの剣が振り下ろされ、オリビエ・ピエモンテは鮮血を流して倒れた。
墜落するベルセリアをポチが守った。地面に激突しても翼の中に囲ってまだ攻撃してくるドラゴンからベルセリアをかばう。
「やめろ、もういい!」
ドムラが駆け寄ってきた。その背に乗る青年がヒラリと降りると剣をふるってドラゴンたちを牽制しながらポチの下から主を救いだす。ベルセリアは血だらけだった。
「爺、これはポチの血だ。早くあいつを助けなくては…!」
「あのドラゴンは死んでいます…」
なぶられ傷だらけのポチが横たわっていた。ベルセリアは涙で顔を濡らしながら叫んだ。
「離せ! あのドラゴンたちをぶった切ってやる!」
「何を無茶な。それより、あなたが指揮をしないと他のドラゴンたちが動けません」
空中では緑のドラゴンたちが隙を突かれて次々に襲われ、空はザビンツのドラゴンが制圧していた。戦場は一夜にして増員した魔物の数が圧倒していた。騎士たちの躯が連なる。南方の戦いの疲れも出ていた。ようやく10メートル超えの大猿の魔物を倒した矢先、またもや、巨大な鉄球を持った大猿の魔物が何十頭もやってきた。
「まだいたのか! あれを相手にする力は残っていない…」
「いくら騎士と言われても俺たちは人間だ。あんな化け物と戦い続けるなんて無理だ」
力尽きた。剣を落とす騎士までいた。もう駄目だ。誰もがそう思った。
「あきらめるな!」
声が聞こえた。青年の支えを振り切り、血まみれで傷だらけではあったが両の足でしっかりと大地を踏みしめたベルセリアが叫んだのだった。
「剣を拾え! 弓をつがえろ! 我々があきらめたら誰が国を守るんだ! 騎士の誇りを、責任を忘れるな! 立ち向かえ!」
指笛に敵を振り切ってマッカラン種が一頭降りてきた。乗りこむと仁王立ちになり、剣をたずさえて唸り声とともに大猿へ突っ込んで行く。小柄なベルセリアの背中が大きく見え、その姿は騎士団長さながらであった。騎士の一人が声を上げた。
「そうだ、あきらめるな! 戦え!」
「ベルセリアに続け!」
悲壮感はあった。それでも、騎士たちは奮起し、魔物の群れへ飛び込んで行った。
剣のかち合う音に混じって遠くから地鳴りが聞こえてきた。北から土煙が強烈な勢いで近づいてくる。負傷しながらも戦っていたヌフドパフが呆然とつぶやいた。
「まさか、あれは…。しかし、到着は二日後のはず…」
「いや、大急ぎで駆けつけてきてくれたのだ、我が国の危機を知って」
戦いに希望を見たバローロも胸が熱くなった。新人があわててバローロへ
「土煙からドムラと同じ体高のバッファローに似た黒い獣があらわれました!」
「“ガンツ”だ。上にまたがるのは黒金の鎧をまとうダイロン王国軍隊“ダイロンの戦士”、豪胆にして剛力を誇る驚異の破壊軍団だ」
牙だらけの鎧をつけた見上げるほどの大男が到着してヌフドパフとバローロに挨拶した。
「貴国の王より『亡国の危機』と聞き、急ぎ一万の戦士で駆けつけた。将軍のスミノフだ。騎士は”誇り”を重んじるがダイロンの戦士は”仁義”を重んじる。先代王の恩に報いよう」
「先代王がダイロンを救ったのは50年前の話では…」
「忘恩はせぬ。トン、テン、カン、行ってあいつら蹴散らしてこい。我らのガンツは貴国のドムラに速さは劣るが破壊力はドムラをもしのぐ」
「ハイッ!」
まだ新人のような少年三人がガンツに乗って躍り出た。その姿を見た騎士たちが
「どこにでもああいう三人組はいるんだな――って、あの三人、めちゃくちゃ強くないか?! 敵を弾き飛ばして破竹の勢いで撃破してるぞ!」
「うちのとは大違いだな。甘やかしたか」
「そういえばあいつらは?」
その頃、新三人組はトリ型の魔物たちからトゥーランドット号で必死に逃走中だった。
援軍を得て勢いを盛り返したリーザカインド。逆転劇が始まった。
どこからともなく黄色のドラゴン4頭が飛んできた。指揮をするのは赤毛を毬栗のように逆立てた少年――パンだった。牛3頭分と小型ながらも敏捷性に富んで攻撃力の高いタリスカー種をつれて戻ってきたのだ。4頭で1頭を攻撃し、次々と気絶させていく。
片膝をついてタリスカー種に乗るパンにベルセリアは自分のマッカラン種を並走させた。
「パン、戻ってきてくれたのか」
「オレも騎士だ。国の危機に背を向けるのは騎士道に反する。ベル、こいつらに手綱をつけるのを手伝え。あいつらを助けにいかないと」
トゥーランドット号は魔物たちに空中で解体されてしまった。墜落する新三人組。
「どああああ~~~!」
そこへ黄色のドラゴンが三人をその背に受け止めた。
「おまえら大丈夫か! ちゃんとまたがって手綱を握れ!」
片膝立ちのパンがドラゴンの背から叫んだ。
「パン?! なんでここにいるんだ?!」
「え?! オレらドラゴンに乗ってんの?!」
「すごい! 僕たちドラゴン使いみたいだ!」
はしゃぐ三人にパンが叫ぶ。
「詳しい話は後だ。ついてこい。まずはこいつらを片付ける」
パンはまだ追ってくるトリ型の魔物を肩越しに睨みつけ、方向を急展開させた。背の高い木々の生い茂る大きな森へ三人と魔物を誘導する。
「あれは…」
「“迷いの森”だ。誘いこんで幻覚の餌食にさせてやる。魔物に棲み家を荒らされたらあいつら怒り心頭になるぞ」
「行っけー、ドラゴン! 急降下だ!」
4頭のドラゴンが森へ突入する。その後を魔物たちが追う。V字型にドラゴンたちが飛び出すと魔物たちの絶叫が森から轟いた。
リューは魔物たちを深追いしていた。熱くなりすぎて周りが見えなくなり、一人深い谷間に入り込んでいた。ドムラで追いかけてきたティムールに馬上で肩をつかまれる。
「リュー、待て! 勝手な行動をするなと言ったはずだ!」
「でも、一頭でも多く倒すのが大事じゃ…、え? 魔物に囲まれた?!」
「やっと気づいたか。やつらも食事の時間だ。おまえは誘われたんだ。ケモノ型が50頭に木の上にトリ型か…」
死を予感するリューの隣りでティムールの顔に覚悟が浮かんだ。
「オレが魔物たちをひきつける。君は逃げろ。いいか、絶対に振り向くな」
「でも…」
「走れ!」
ティムールがリューのドムラを蹴った。ドムラは嘶いて走り出し、リューはしがみつく。
<ティムール殿は強い。大丈夫だ。必ずあとから追ってくる>
そう願うリューへ追ってきたトリ型の魔物の爪が左目に食い込んだ。たまらず悲鳴を上げ、リューは落馬しかける。
「気を抜くなっ!」
ティムールの声に振り向くと、魔物10体に体を引きちぎられ、体半身を失いながらも、いまだ食い止め続ける騎士団長がいた。リューが手綱をつかみ直し前を向く。
<オレのせいだ! オレが先走ったからティムール殿が…>
ティムールの犠牲を無駄にしてはならない。片目と心の痛みに耐えきれず、リューは叫びながらドムラを走らせ崖を上った。涙があふれ、何も見えなくなった。
リューが失ったのは片目だけではなく、兄貴分の騎士団長と、熱く無邪気で無鉄砲な少年の心であった。
シレオンたちは王都へ早馬を走らせていた。
<しつこく食い下がったおかげで王都へ向かう補給部隊に入れてもらえた。迂回路を行くと村がザビンツ兵に攻撃された後だった。急ぎ僕たち新人で大臣へ報告することになったが、あの悪い予感が当たってしまうとは…>
駆けつけると郊外の砦に騎士たちが控えていた。先導していた甲冑姿も凛々しいレディナイトが振り向く。シレオンは驚いた。
「ラネッサン様?! なぜここへ?!」
元レディナイトで講師のラネッサン女史だ。シレオンたちの報告をきいてうなずき、
「戦況を聞いて不安が残りました。念のため、大臣に出撃許可をもらい館に残っていた騎士たちと迎撃態勢をとって正解でしたね。砦から王都へは旗で連絡しますからあなたたち新人も戦いに加わりなさい。講義で顔を見ていますよ」
新人たちは思わず首を縮めた。旗を掲げるとほどなくして敵軍の蹄の音が近づいてきた。
「出撃!」
剣を掲げたラネッサン女史の力強い声が響く。全員が声を上げて突撃した。
ラネッサン女史が強い。技の切れが冴え、現役騎士団長といってもおかしくない。
剣をふるうシレオンたちも大活躍する。それをみて女史は満足げだ。
「悪くありませんね。続けなさい」
「ハ、ハイッ!」
王都侵略も簡単だと油断していたザビンツ兵たちは押し戻された。しかし、リーザカインドは手勢が少なく劣勢に変わりない。
「戦うのです! 我々が砦となり、一兵たりとも通して悲劇を招いてはなりません!」
打ち合いの音に混じる女史の声に鼓舞され、騎士たちは剣を振り下ろすのだった。
ベルセリアは奮闘していた。自ら剣をふるいドラゴンに命じて縦横無尽に攻撃させる。
「この私にドラゴン戦で勝てると思うなあっ!!!」
その姿には鬼気迫るものがあった。敵の数は多い。それでも先陣を切って戦う。
ふいに背後に強烈な存在を感じた。敵が血相を変えて凍りつく。味方まで目を見開いて戦いの手を止めていた。振り向いたベルセリアが一番驚いた。緑色の光をまとった巨大なドラゴン、インペリアル種が羽ばたいていたのだ。
≪やはり見捨てておけん。協力する≫
チラリとベルセリアに目を向けてドラゴンは少し微笑んだようだった。
≪がんばったようだな≫
「え?」
≪味方を私の後ろへ下がらせろ≫
言われたとおりベルセリアたちが背後へ回るとインペリアル種が大声で吠えた。口から竜巻のような強烈な衝撃波が生まれ、大気を震わせる。その一喝で敵のドラゴン、乗り手の魔物たちが気絶していく。
その声はボルガノ山へ反響し木霊になって返ってきた。二度の衝撃で空中の敵は完全に一掃されてしまった。墜落していく敵を見てその威力に唖然とするベルセリアたち。
≪あとは仲間の毒を抜いてくれ≫
「もちろんだ。来てくれて感謝する。あともう一つ頼みがある。ある愚行を解決したい」
ベルセリアを覗き込むインペリアル種に彼女は説明を始めた。
インペリアル種の一喝がボルガノ山に強烈な振動を起こす。崖が崩れ地面が傾いた。
ガロが気絶したティタンジェを抱きとめる。オリビエが崩れた山の谷底へ薬や風車とともに落ちて行く。ガロはそれを哀しそうな目で見守っていた。
オリビエの末路はティタンジェを追いかけてきた騎士たちも目撃していた。
「オリビエが死んだ!」
リーザカインドの騎士たちが叫ぶ。総指揮官を失ったザビンツ兵は逃げだした。
時を同じくしてリーザカインドとダイロンによる奮戦で平地も鎮圧された。王都近郊の砦の戦いも援軍ダイロンの戦士たちが加わり撃退に成功した。ザビンツ兵、魔物の敗走の報告を受け騎士団長バローロが高らかに宣言する。
「我々の勝利だ!」
騎士と戦士の勝ち鬨が上がる。からくもリーザカインドは侵略の危機を免れたのだった。
凱旋を果たした翌日、姿を消した者たちがいた。ベルセリアとパンと犬、ガロとそして意識が戻らず医務室で手当てを受けているはずのティタンジェだった。
ブリストル家がドラゴン争いが絡むと平気で人を蹴落とす一族なのは有名だ。
ベルセリアはドラゴン専用の闘技場へ足を踏み入れていた。客席はすでに関係者三千人以上で埋め尽くされている。これから予選が始まる。闘技場に降りると客席に執事姿の爺を伴ったパンもいるのに気づいた。
家長のロバート・パーカー・ブリストルが開戦宣言すると突然ベルセリアが名乗り出た。
「挑戦者たち、聞いてくれ。私のドラゴンに勝てると思った者だけが出場してほしい」
ベルセリアは指笛を吹いた。
闘技場のドラゴンたちが怯えだした。いきなり晴天の空が暗雲で覆われたと思ったが、見上げた誰もが度肝を抜かれた。悠然と翼を広げるインペリアル種が羽ばたいていたのだ。
戦わずして挑戦者たちは降参した。会場はどよめいていた。
「どうやってインペリアル種を…」「勝てるわけがない」
≪これでいいのか≫
「ああ、充分だ」
ボスを帰した後、ベルセリアは闘技場の中央で、埋め尽くす全員を見まわし、宣言した。
「家長に就任したベルデッキオ・ブリストルだ。いまより掟を改正する。まず、ドラゴン争いをやめる」
再び会場はどよめいた。パンですら席を立って驚いていた。
「外敵の侵略の前で、身内で小競り合いをしている場合か。外の世界を知っていかに掟が偏狭か知ったんだ。より強いドラゴン使いはこれからも必要になる。みな自分の仕事に励め。家長争奪戦は挑戦者のみ受けて立つ。だが、負けても財産没収や権限剥奪はしない」
どよめきは続く。
「それから、父上、家長代行としてブリストルを守ってくれ。これは家長命令だ。私は騎士団ですることがある。ちょっとした強化策だ」
面食らう父親の横でベルセリアは両の釣り目を好戦的に光らせ、ニヤリと微笑んだ。
こうして、無意味に犠牲者を出し続けたブリストルのドラゴン争いに終止符が打たれた。
ラーマヤーナの店の寝台にティタンジェが横たわっていた。ガロが医務室からこっそり運んだのだ。意識を回復させる薬を飲ませながら術師は残念そうに
「この方にパンドラ・ボックスの呪いとはのう。死喰いも捕えられぬいま、おまえさんたちには何もできんよ」
うなだれるガロの隣りでラーマヤーナが気づいて首をかしげた。
「なんじゃ、もう一人の気配がする」
ティタンジェの手首の脈に手を当てた術師が目を見開いた。
「二つの心臓の音! 妊娠しておられるのか!」
「ええっ?!」
「ふむ、脈の大きさからして9カ月か。しかし妊婦には見えぬしまだ臨月でもない。確かに、英雄は腹に何年も宿ると聞いたが…」
「待ってくれ、9カ月ってラムー河の直前か。となると父親は…、オレ?! 具合が悪そうだったり、ベルセリアが『体がむくんでいた』といっていたのは妊娠も影響していたのか」
照れるガロの脇でティタンジェがゆっくりと目を開けた。驚いて飛び起きた彼女にガロが勝利のいきさつを説明した。自分がオリビエであるのは隠したまま。
「――それで、意識が戻られないので街の術師の元で治療していたのです」
聴いていたレディナイトは美しい顔をほころばせ、そっと彼の手を握った。驚くガロを見つめ静かに語る。
「それはよかった。ガロ・ソノマ、私はあの戦いで確信した。オリビエと接して彼を感じなかった。むしろ君から“オリビエ”を感じる。君はおそらくオリビエなのだろう。私にも言えない理由で名乗れないのならそれに従う。オリビエ、これ以上を追求しない」
ティタンジェの体が発光した。体の内側から光が漏れ出て彼女を包む。柔らかな優しい微粒子が体を覆い、やがて溶けて流れるようにして消えて行った。
誰の目にもわかった。呪いが別のものに変わったのだ。術師は驚嘆の声を上げた。
「受け入れた! 呪いは抵抗するから苦しめられるが、取り込んで無力化するとは!」
たまらずガロはティタンジェを抱きしめていた。驚いたティタンジェもそのまま柔らかく彼を抱き返していた。告白された夜と同じように。
禁断呪文から生み出された「善きもの」。それは「奇跡」だった。
「それで、どうして爺がここにいるんだ」
ベルセリアは納得のいかない顔で隣りの犬に声をかける。犬もブツブツと文句を言う。
<旦那様のおいいつけです。騎士犬になったのならうちのバカ娘が暴走しないよう見張っていろと>
二人は王宮の長い渡り廊下を歩いていた。ベルセリアが楽しそうだ。
「見ろ、爺。王宮は宴の支度にてんやわんやだ。今日はダイロンの戦士たちをもてなすのに加えて、今回活躍した私たち見習いの正規騎士任命式があるからな」
広間につくとピン、ポン、パンがベルセリアへ手を振った。
「いままでどこ行ってたんだ」
「いよいよベルも正規気騎士だな」
「これからもがんばろうぜ」
温かく迎えてくれる三人にベルセリアが笑顔になると「よう」と背後から声がかかる。
振り返った全員が驚いた。ピンが叫ぶ。
「リュー?! どうしたんだ、そのかっこう。なんかかっこよくなったな」
「眼帯したのか。それにティムール殿そっくりに髪を短く切りそろえて…」
ポンが言って口をつぐむ。そんなポンへリューはひとつ強くうなずいた。
「オレは変わることにした。騎士は亡くなった者の魂を受け継ぐ。だから助けてくれたティムール殿のなしえなかった仕事を引き継ぐんだ」
「リュー、大人になったな」
隣にいたシレオンがいつもの柔和な顔で微笑んだ。リューは笑って彼の肩に腕を置く。
「聞いたぞ。ラネッサン様に気に入られたおまえたちは精鋭部隊として編成されるって」
「うわあ、嫌なことを思い出させてくれるなあ。ラネッサン様のしごきを思うといまから気が滅入るんだ」
笑いが起こったところで「あのう…」と声がかかった。リューが驚く。
「ガロ! いままでどこに…、あれ? おまえ雰囲気変わった? 明るくなったな」
ガロからいつもの不安げ表情が消えていた。ひとつの決心をした彼は落ち着きと、オリビエ・ピエモンテだった頃の快活さを取り戻しつつあった。とはいえ、いまは妙に照れている。ティタンジェと話し合ったのだ。
「おまえがガロ・ソノマとして生きる覚悟はわかったが、名誉回復のため私が、おまえがオリビエで、オリビエが死喰いだったと任命式後に公表しよう。――え? 私に子供?!」
詰め寄るみんなへそれでもちゃんと報告しようと、
「いろいろあるけど、まず、あ、あの、オレ、ティタンジェと婚約…(ごにょごにょ)」
ラッパが吹き鳴らされた。
「任命式が始まるな。位置につくぞ」
もそもそ言ううちにベルセリアに仕切られて取り残されるガロだった。
跪く見習いたち一人一人に王が肩へと剣を置く。騎士団長、先輩や仲間、家族、ダイロンの戦士や家臣たちの見守る中で騎士の任命が行われた。
立ち上がった彼らに拍手喝采がもたらされる。笑顔と騎士の礼で応える元見習いたち。正規騎士犬となった犬も頭(こうべ)を垂れる。晴れやかな任命式となった。
そしてこれは、のちのブリストル家家長ベルデッキオ・ブリストルにして、リーザカインド騎士団・ドラゴン部隊創設者であり、竜騎士団長「レディ・ドラゴン」と呼ばれる騎士ベルセリア・エノテカと、数々の武功を上げ、後年騎士団総長として迎えられたあとに文官としても騎士団を支え続け、のちにリーザカインドを滅亡から救う英雄タスカン・ソノマ――スーパー・タスカンの父親となる騎士ガロ・ソノマ誕生の瞬間であった。
やがて訪れる未来の伝説が始まり、新しい歴史が幕を開ける。彼らの行く手に栄光と、エデュカントの星の導きを。