俺だっておめい(1)
今日も良い天気だ。三郎は今日も上機嫌で、愛用のスーパーカブで街中を走り回っていた。
長男の光雄は田舎の大手企業支店の支店長である。午前中は決裁書類に目を通して、部下にいちゃもんをつけたあと、昼食の蕎麦を出前でとって。考えて見るとあとは仕事が無いので、何時ものように、余り人が来ない街から離れた喫茶店で時間を過ごすのを日課としていた。
ある時、
「光男さん、うち(店)の前が渋滞になってるよ」
と、ママが窓を指さして言った。
光男はママが指さした方に目をやると、何と、先頭に長い冬用のマフラーを巻き、自慢のスーパーカブにまたがった父親の三郎がいた。飛び出して行って注意しょうと思ったが、何しろ家はすぐ傍である。飛び出していった処でもう家についてしまう。
光男はカップの底に残った僅かなコーヒーをすすり、店を出た。
終業間際に工場を見回り、若い工員に中年ダジャレをとばし、自室に戻る。若い工員に光男のダジャレが悪評だということは知っている。
だが、何か言わなければと言う脅迫観念が、つい口から出てしまうのだ。
光男は会社の終業からが忙しい。今日は父に注意をして置かなければならないと思っている。
「あのな、親父よ、もうスーパーカブに乗るのは止めてくれ」
「何、俺が事故でも起こすとでも思っているのか」
「ああ、もし、事故を起こすと皆が迷惑するんだ。そればかりか、今日砂利道で危なっかしい運転をしてたではないか」
「光男、心配せんでもいいぞ、俺は常に安全を心がけ、なるべくスピードを出さず、道の真ん中を走るようにしてるからな」
「それが駄目なんだよ。皆に迷惑を掛けてるじゃないかよ、全く」
光男は怒ったが、勿論、三郎は歯牙にもかけない。
「処でよ、光男、今日な、警察に止められてよ、免許証を見せろと言うんだ。こりゃ何も悪い事をしてないのに、罰金一万円はくらうかな、って覚悟したらよ、俺の免許を見て、何だ寺田の爺か、良いか特に交差点は気を付けて、ゆっくり行くんだぞ。ってな無罪放免ってわけだ。世の中にはいい人がいるもんだ、ひよっとしたら、家の親戚の誰かかも知れねーな」
「で、切符は切られたのか」
「いゃ、気を付けて行くんだぞと、言ったきりだ。世の中捨てたもんじゃないな」
という訳で一つも危機感の無い親父なのだ。