アリスの冒険(第2話)

 私の名前はアリス・ウィンターフェル。アイスフレイム魔法学院の1年生。前回の校長先生暗殺未遂で友達ができたり部活に入ったりと私の学院生活は大きく変わった。そして今回もまた一つ変化をもたらす出来事が起こってしまった。
 思えば、「あれ」がきっかけだったんだよね。

 「おまえ、オレを信じられるか」

 2週間以上遅れて私はクラブに入った。私の学院生活は一変した。いままで一人でいた休み時間は前回友達になったエミリー・キャスロックやクラスの子、部活の子たちと過ごすようになった。勉強に部活に忙しくなって、それが楽しくて、なんだか不思議な感じ。
 サポート動物のスノウには相変わらず朝たたき起こされて小うるさく忘れ物チェックはされているけれど。

 そんな入学して一ヶ月がたとうとしていたある日のこと。後から考えるとあれがきっかけだったんだと思う。
 放課後、友達と話していてあることが判明した。知って私は大急ぎで女子寮の部屋へ戻った。
 「スノウ!!」
 「ニャ?」
 ドアを開けると私のベッドで寝ていたスノウが深いブルーの目を半開きにした寝ぼけ眼(まなこ)で顔を上げる。私はそんなスノウに詰め寄る。
 「ちょっと、どういうことよ! サポート動物の食事の用意は生徒の義務じゃないって友達に教えてもらったよ!」
 「チッ、バレたか」
 「…って、あんた、私が知らないのをいいことに騙してたのね!」
 「騙してないニャ。そもそもサポートしてもらってるんだから感謝の意を込めて食事の準備くらいするのは礼儀だニャ」
 「それ、義務じゃないでしょうが。今日から自分でしなさい」
 「フンッ!」
 「なに、その『怒られてもなお反抗』の態度の悪さはっ!」
 「ニャーッ! 尻尾ひっぱるなーっ!」
 私たちの声を聞きつけて寮監さんが部屋にやってきた。
 「うるさいですよ、二人とも。勉強している生徒もいるのですから寮では騒がしくしないように」
 ガミガミ怒られてしまった。寮監さんが去った後、ふくれた顔のスノウが文句をつける。
 「おまえのせいで怒られたニャ。ボクは怒られキャラじゃないニャ」
 「元はといえば、あんた原因じゃない」
 「おまえよりボクの方がお利口だから敬意を払われてしかるべきなんだニャ!」
 「その変な基準、理由になってない!」
 「だーかーらー、尻尾引っ張るなーっ!」
 「二人とも静かにしなさいっ!!!」
 ドスドスと足音も高らかに舞い戻ってきた寮監さんに大音量で怒られてしまった。寮監さんのほうがうるさい…。
 「何度言わせるのです、アリス・フィンターフェル! 寮で騒音は禁止です」
 「だって、スノウが…」
 「だって、じゃありません。罰です。今日は夕食抜きです」
 「えーーーっ?!」
 「先ほど注意したばかりなのに守れていないからですよ。反省なさい。それからサポート動物スノウ、あなたもです。夕食抜き!」
 「ニャーーーっ!!!」
 「何言ってるんです。一緒になって大騒ぎしていたでしょう」
 「だって…」
 「だって、じゃありません。喧嘩両成敗です」
 寮監さんは言って魔法の杖を私に向け、朝まで食堂へ入られない呪文をかけた。そしてまた杖をふるうと今度はスノウのごはんの魔法のペット缶に朝まではずれない重厚な鎖をかけて行ってしまった。トホホ~。

 ぐぎゅ~~~~~~
 「おまえ、腹の虫の鳴る音デカいニャ」
 「おなか空いたーーー!!!」
 「言うな。余計空くニャ」
 「うう~、今日のごはんはホワイトシチューかあ。食堂からいい匂いが漂ってくる。拷問だよ、こんなの。シチュー食べたい…」
 「うっ、そういわれるとボクもシチューかけごはんが食べたくなってきたニャ」
 言ってスノウは「うー、腹へったニャ」と乗っていた私のベッドにつっぷす。私たちは空腹でせつなかった。朝には餓死しそうなほどのおなかの空き方だった。この食糧危機は深刻すぎる。私は決心した。
 「こうなったら手段は選んでらんない。行くしかないよね」
 「ニャ?」
 スノウが不思議そうに顔をあげる。
 「スノウ、夜中、厨房に忍び込もう。シチューがまだ残っているかも」

 夜遅く、私たちは学校に併設されている食堂の裏手の厨房に忍び込んだ。
 厨房はどこもピカピカに磨きあげられていた。床もさることながら真鍮の作業台も顔が写るほど輝いている。壁には大きなフライパンや鍋が厨房の端からは端まで整然とかけられていて、いまは静かに眠っているみたいに見える。すごく清潔できれいな厨房。
 大鍋は空っぽだった。となると、あとは魔法で食料を保存している食糧庫。
 部屋の中央にその大きな食糧庫はあった。よく見ると南京錠がついた太い鎖が宙に浮いて食糧庫の周りを取り囲んでいる。魔法の鍵だ。
 スノウの横で私は杖を取り出した。
 「魔法で鍵を開けてみる」
 「やめとけ。失敗すると反撃にあうニャ。他を探すニャ」
 「行けっ、オープン・ザ・セサミ」
 「わっ、バカ、やめるニャ」
 南京錠に向かって杖をふるうとたちまち大きな火花が飛び散り、爆風が起こって私は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。その振動で立ててかけてあったフライパンや鍋が私の上に派手な音を立てて降ってくる。い、痛い…。
 パッと厨房が明るくなった。しまった! 音を聞きつけて誰かがやって来たんだ。
 「こら、誰だ。何やってる」
 男の人の太い声が響く。声のするほうを恐る恐る向くと筋肉隆々とした男の人が杖をかまえて私たちを睨みすえていた。
 「ごめんなさいっ」
 私は落ちてきた鍋を帽子のようにかぶったまま頭を下げて謝ってしまった。
 「今日夕食抜きだったんです。おなかが減って何か残っていないかと思って…」
 「申し訳ないニャッ」
 隣でスノウも耳をねかせて小さくなって頭を下げた。
 男の人は私たちに近づいてくる。私もスノウも怒られると思って身をすくめた。けれど男の人は私たちの意に反して怒るどころか私のかぶっていた鍋をすっと持ち上げて穏やかに尋ねた。
 「夕食抜きとはただ事じゃないな。何があった」
 私は事情を説明した。すると男の人は快活に笑い出した。
 「そうかそうか。寮監さんは手厳しいからな。悪いがおまえたち、夕食は残っていないぞ。残り物はその日のうちに処分するんだ」
 「そんなあ」
 「フニャア~」
 思わず私たちは一緒にガックリと肩を落としてしまった。最後の望みが断ち切られた思いだった。そんな私たちに男の人が面白そうに笑いながら
 「もしどうしてもというなら材料をやるから二人で作れ。オレが指導してやる」
と奇妙な提案をして食料庫の鍵を杖で開けてくれた。
 
 男の人はトバイアスという魔法料理長だった。この人の指揮、監督の下で私たち生徒、先生、学院や寮のスタッフ、合わせて約1000人以上の一日三食が作られていると初めて知った。そんな偉い人の指示に従って、私たちはホワイトシチュー作りにとりかかる。
 トバイアスの教え方は丁寧で的確だった。おかげで私たちはテキパキと働けた。
 「ごはん作ってもらってるのに、いままでトバイアスに会ったことなかったね」
 あとは弱火にかけるだけの落ち着いた頃、私はきいた。
 「オレたちは厨房に入り浸っているからな。食事も、この学院では生徒や先生、スタッフは食堂を使うけれど、料理人はおまえたちに出したのと同じ食事をこの厨房でとっているんだ。そこで味の評価や反省会もできるからちょうどよくてな」
 「知らなかった。努力してるんだね」
 「おまえたちに毎日楽しい食事をしてもらうのがオレらの仕事だからな」
 そう言って誇らしげに微笑むトバイアスはかっこよかった。そういえば寮のごはんはいつもおいしい。それはトバイアスたちが私たちのために職人のプライドを持って作ってくれているからだと実感した。私はこの人が料理長でよかったと改めて思った。
 こうしてホワイトシチューが完成した。トバイアスは「がんばった褒美に」と密かに魔法で作っていたパンとグリーンサラダを出してくれた。なんて嬉しいサプライズ。私はトバイアスに習ってスノウ用にシチューかけペットごはんをつくった。お皿に盛るあいだスノウはそれをワクワクする目で見守る。
 「いただきまーす」
 「いただくニャー」
 一口食べるとそれはいままで口にしたことのないほどの極上シチュー。
 「お、おいしいっ、おいしいよ、これ」
 「うまいニャっ、うまいニャっ」
 「焼きたてのパンてフワフワ。いい香り」
 「サラダも野菜がシャキシャキしてておいしいニャ」
 もりもり食べる私たちにトバイアスは愉快そうに目を細めて
 「ははは、おまえたち面白いな。食べる姿がそっくりだ」
 「え? そう?」
 「お上品なボクとしては心外だニャ」
 「なによ」
 「ナーオ(威嚇している)」
 「あはは、おまえたちいまどきの生徒とサポート動物にしては珍しく仲がいいな」
 私が不思議そうな顔をするとトバイアスが教えてくれた。
 サポート動物は何でもできるので好き勝手にしている。生徒も困ったらサポート動物を頼るけれどあとは知らん顔。ただ同じ部屋にいるだけの関係が多いそうだ。
 「せっかく一緒にいるんだ。これからも仲良くしろよ」
 料理長に諭されてしまった。満腹になる頃には真夜中をとっくに回っていた。お礼を言った私たちは、トバイアスに案内されてこっそり厨房の出口から寮へと続く廊下に戻る。
 廊下は静かだった。杖の明かりを頼りに帰り道を進む。私はスノウに声をかけた。
 「ねえ、スノウ。私これからも食事の用意をするよ」
 「忙しいときは大丈夫だニャ。ボクも自分でするニャ」
 「ううん、いいんだ。私、スノウがただいるだけの存在になってほしくないし、スノウには感謝してるから。いつも助けてもらってるしこれくらいはしないとね」
 「うむ。でも無理するニャよ」
 「うん、わかった」
 窓から月明かりがさし、通路が明るくなる。窓の外を見ると大きな春の月が淡い青の闇の夜空で輝いている。
 「見て、スノウ。月が綺麗だよ。ねえ、あしたもがんばろっか」
 「ニャン」
 おいしいものでおなかがいっぱいの私たちを月が応援してくれている。すごく幸せな夜だった。私とスノウは足取りも軽く寮の部屋へ戻っていった。

 翌朝、着替えて寝不足の顔で私は食堂へ向かった。でも、行ってみると食堂のドアは閉まっている。ドアの前には生徒が何人かとコックコートの料理人さんたち、それから物々しい制服の男の人たちがいた。あの制服は――魔法警察? そこへ私を見つけた警察官の一人が駆け寄ってきてメモを片手に説明する。
「今朝、昨日の夕食が原因で先生方と君たち以外の生徒全員が食中毒になった。まだ原因がわからないから食堂を閉鎖している。だから今日の朝食は中止だ」
 「ええーっ?!」
 私はわけがわからず声を上げてしまう。そんな私に警察官が続ける。
「監督不行き届きでこれから料理長は我々の取調べを受ける。衛生局も来るから君たち生徒は部屋で待機するように」
 「トバイアスが警察に?!」
 私は愕然としたまま立ち尽くしてしまった。

あんなに清潔な厨房できちんと管理をしているトバイアスが食中毒を起こすわけがない。私が証明しなくちゃ。そう思って現場検証にやってきた警察官をつかまえて話しかけようとするけれど「捜査の邪魔だ」といわれて追い返される始末だ。取り合ってもくれない。
なんて頭が固いの、魔法警察って。これってトバイアスに問題があるのが前提で捜査が進められているわけじゃない。
事情聴取をしていた刑事さんたちの話し声を耳にする。
 「こんなときに限って校長は出張だそうだ。知らせを聞いて戻るが到着は明日の夜だと」
 「まいったな。新任の副校長はおどおどしどおしでまともに回答もできない有様なのに」
校長先生までいないなんて。そんなこんなで今日は休校。入院した人たちは全員が面会謝絶。エミリーたちが心配だった。
部屋に戻った私はスノウに事情を説明した。聞いてスノウは私の勉強机に飛び乗った。そして隅に置いてある水晶球を手でこする。すると水晶球に「魔法通信」の文字が浮かび上がり、いくつか速報マークのついた記事が映し出された。その中に「アイスフレイム魔法学院 集団食中毒」の文字が見えた。
 「これ!」
私が叫ぶとスノウは心得たように
 「やっぱりニャ。そんな大きな事件なら魔法通信に載ると思ったニャ」
 「魔法通信」は情報が早い。事件の臭いがするとよってきて魔法通信社に報告する魔法虫を使っているからだ。いろんな種類がいるのと、魔法虫と普通の虫は区別がつかないからたいていは無視されてるせいで取材がしやすいのがその理由だ。ただし、飛び回ったり這い回ったりしているだけだから断片情報しか得られないし誤報もある。
スノウは水晶球に映し出された「集団食中毒」の文字に手を乗せた。すると記事の内容が文字で水晶球に躍り出る。

 「アイスフレイム魔法学院で生徒教師ら合わせて1000名以上の集団食中毒が発生。
料理長の毒物混入の疑惑もあり、魔法警察が調査中」

 「毒物混入?! ひどい。トバイアスがそんなことするわけない」
 「当然だニャ。もしも彼が犯人ならボクらだって昨日毒を盛られて食中毒になっているニャ。そのチャンスはいくらでもあったニャ」
スノウはいつだって冷静だ。
私は警察署長に宛てて昨日あった出来事を手紙に書いた。読んでくれるかどうかわからないけれど、なにもしないよりましだ。手紙を魔法鳩に託して部屋に戻った私を待ってスノウが話しかけてきた。
 「ちょっと考えたニャ。トバイアスが犯人じゃないとして、ボクら以外で昨日無事だったのは誰だニャ?」
 「えーっと、今朝食堂前にいたのは…生徒数人と、あとは料理人さん全員、か」
 「ふむ。ここでひとつの仮説が成り立つニャ。この学院ではみんなが同じ料理を食べているニャ。なのに中毒を起こした人と起こさなかった人がいるのはどうしてだニャ?」
スノウは見当が付いているらしい。私にはまだわからない。
 「ヒントをやるニャ。食中毒が起こったのは食堂で食事をした人たちだけに限定されているニャ」
 「わかった! 食中毒にならなかった人たちは胃が丈夫!」
 「このおバカ魔女っ子! 毒物が食堂で混入されたから、食堂で食事をした人たちだけが中毒になったんだニャ! 普段食堂で食事をしない料理人全員が無事だったのはそのせいニャ。となると食堂にいた誰か、つまり食中毒にならなかった生徒が怪しいんだニャ!」
生徒が犯人! 意外な展開に驚くと同時に私は感心してしまった。スノウって本当にお利口ニャンコだったんだ。
 「アホか。おまえが激しくおバカさんなんだニャ」
うっ、でもイヤミなニャンコに変わりなしだ。と、こうして一つの結論が導き出されたところで私は決めた。警察が頼りにならないなら自分で犯人を探さなくちゃ。そしてトバイアスの汚名を晴らすんだ。
じつはこのとき私は重大な見落としをしていたのにまだ気づいていなかった。

犯人捜しをするとスノウに提案をすると、彼は
 「えー?! おまえがするのかぁ?」
と思いっきり疑わしげな声をあげた。悪かったわね。
 「頼りないニャア。大丈夫か?」
 「でも、このままだとトバイアスが犯人にされて終わりだよ。こんなことできるの、今この学院では私だけだよ」
 「そうだけど、うーん、くれぐれも慎重にニャ。でもニャア…」
最後まで難しい顔をしたスノウに送り出されて部屋を出た。そして刑事さんから無事だった生徒の名前を聞き出した。生徒は三人。一人は一年生のドリューという女子。私は彼女の部屋を訪ねた。
 「嫌いなものが出たから食事できなかったの。ニンジンでしょ、ピーマンでしょ、ブロッコリー、あとお肉も。魚もだめだし、卵もちょっと…」
ダメだ。偏食で話にならない。
もう一人はジャービスという一年生の男子。男子寮には女子が入られないから校門前に呼び出した。ジャービスは小柄で、小動物のようにおどおどしていた。
 「僕…、僕、何も知らないよ!」
怖がって逃げられてしまった。私の質問の仕方が怖かったかな?
最後はジョン。背が高いボブの一年男子。なんだかおっかない雰囲気。きっと不良だ。
 「うっせえな、関係ねえだろ。なんだ、おまえ?!」
言って彼は背を向けて寮に帰ろうとする。
何、いまの。感じ悪すぎ、嫌な奴。私は確信した。ジョン・アイリー。彼が一番怪しい。

男子ってキライ。バカだし乱暴だしうるさいしデリカシーなさすぎだし。あと教室の掃除もまじめにしないし、すぐケンカとかして怖い。だから私はクラスでも男子とは距離を置いていた。今回のだってトバイアスが捕まっていなかったら呼び出しなんてしなかった。嫌だから関わりあいたくないもん。
ジョンは怪しい。質問されて答えも言わずに即ギレするのって不自然だ。絶対何か隠してる。すごく苦手だけど、話しをしなくちゃ。こんなとき、誰とでも仲良くなれるエミリーみたいに話せたらいいのに…。
 「待って」
寮に戻るジョンを私は焦って呼びとめた。
 「正直に話して。何か知ってるんでしょう」
 「何も知らねえよ。しつこいぞ」
ジョンは私を押しのけて歩く。私はがんばって食い下がった。
 「もしかして毒をもったの、あなたなの。それとも犯人に協力してるの」
歩いていたジョンがピタリと止まる。振り向いて本気で怒った。
 「ざけんなよ。さっきからなんなんだ、おまえは。探偵気どりにしゃしゃり出てきて、えらそうにかっこつけてんじゃねえよ、バカ女」
私は言葉に詰まってしまった。だから男子って嫌い。なんでそんなひどい言い方で怒鳴るのよ。おまけに嫌味な解釈するし。悔しかった。いろんな感情が混じってそんなつもりじゃないのに私の目に涙がたまる。涙目を嫌な奴の前で見せてしまう自分も嫌いだった。
 「違うよ」
声にまで涙がにじむ。でも、涙は流さないように頑張った。
 「そんなんじゃないよ。私はトバイアスを助けたいだけ」
声を詰まらせながら私はわけを話した。聞いていたジョンはバツの悪そうな顔になった。
 「悪かったよ、怒鳴って。ごめんな」

謝っても相変わらずジョンは昨日の話をしない。男子寮に戻る気をなくしたのか、中庭に向かおうとするジョンのあとを私は追う。
 「で、なんでまだついてくるんだよ」
 「隠し事してるから」
 「なんだよ、オレの容疑は晴れてないのかよ」
 「じゃあ隠すのやめてよ。悪いことしてないなら言えるでしょう」
 「変な興味持つなよ。おまえなあ…」
振り返ったジョンが私の肩越しに視線を投げる。
 「ところで、おまえ、気づいてたか。オレらの後ろ…」
ジョンが何か言いかけてやめた。話し声が聞こえたのだ。ジョンが物陰へ私を引き込む。
 「なにするの!」
 「しっ!」
物陰からこっそりジョンと覗くと食堂へ副校長とそれに何人かの真っ黒なローブ姿の魔法使いが入っていく。誰だろう。私は背の高いジョンの顔を見上げる。
 「ねえ、あれ、衛生局の人じゃないよね」
 「ああ、役人ならスーツ姿だ。封鎖された食堂で何かしようとしている」
しばらく考えていたジョンが私を見る。
 「なあ、おまえ、オレを信じられるか」
 「何、急に」
 「オレはこれから応援を呼んでくる。それまで見張っていてくれ。必ず戻る」
 「警察を呼ぶの?」
 「いや、どうせ生徒の悪戯だと思われて終わりだ。料理人たちを犯人だと思い込んでいるからいまさら動かない。だから別の応援を呼ぶ。無理するなよ。危なくなったら逃げろ」
言ってジョンは走り去ってしまった。

隠し事をしている人を信用していいんだろうか。でも警察が動かない説には一理ある。それに嫌な奴だけど、嘘つきとは違う。だからいまはジョンを信じよう。
ふいに私は見落としていた事実に気づいた。刑事さんのセリフを思い出したのだ。
 「新任の副校長はおどおどしどおしでまともに回答もできない有様なのに」
そうだ、あの場にいなかったから気づかなかった。副校長は病院に担ぎ込まれず警察の対応をしたんだ。つまり副校長も食堂にいたのに無事だったんだ。
ジョンはじっとしてろとは言わなかった。何をしているか先に調べておこう。
私はこっそり食堂に侵入した。

食堂では新任の副校長と五、六人の魔法使いたちが食堂のテーブルを魔法で隅に積み重ね、瓶に入れた液体を使って幾重もの大きな円とその間に魔法文字を筆で描いていた。魔法陣だ。私は物陰から様子をうかがう。円を描く副校長に一連の動きを監督していた、いかめしい顔の男の魔法使いが声をかけた。
 「抜かりないだろうな」
脅すようなその声色に副校長はビクッと肩を震わせる。そしておどおどと答える。
「だ、大丈夫です。封鎖したうえ衛生局には連絡などしておりませんからここには誰も近寄りません。これで我が会の目的が達成できます」
やっぱり副校長が仕組んだんだ。許せない。それにあの魔法陣。何かものすごく悪いことが起こる予感がする。助けが来る前に時間稼ぎをしないと。
気をそらせようと私はこっそり杖をふるった。
 「いけっ、杖のパンチ」
ところが失敗して椅子が巨大なボール状の真っ赤な口裂けフラワーになってしまった…。大きな口を開けて牙をむいた口裂けフラワーが魔法使いたちに噛みつく。
 「なんだ、これは!」
 「退治しろ!」
口裂けフラワー対魔法使いたちの大騒ぎだ。
おかげで私はあの偉そうな男に見つかってしまった。
 「おまえの落ち度か!」
男が怒りの形相で副校長に杖を向け、魔法で弾き飛ばす。副校長はその衝撃で気絶してしまった。男の魔法使いはその顔を今度は私に向ける。憎悪の塊のような視線にぞっとして私は杖を構えつつも恐怖であとじさった。
 「こんな上級魔法が使えるおまえは何者だ。校長の差し金か。仲間は誰だ」
怖かったけれど、私は無言でにらみ返す。
その態度が気に障ったらしい。魔法使いが杖をふるった。強烈な勢いで私は副校長と同じように弾き飛ばされ、握っていた杖を離してしまった。倒れた私の腕を魔法使いが踏みつける。
 「言え。仲間は誰だ」
骨が折れそうなほどの激痛に私は悲鳴をあげた。あまりの痛みでジョンの名前が出そうになる。でもぐっとこらえた。悪には屈しない。ジョンと助けも来る。そう信じるって決めてきたんだ。負けるもんか。
 「頑固なガキめ。ゴキブリに変えて踏みつぶしてくれる!」
やられる! 魔法使いが杖をふるおうとしたところへ誰かが彼に飛びついた。
 「逃げろ! アリス・フィンターフェル!」
ジャービスだった。その小さな体で恐ろしい魔法使いにタックルをしたのだ。不意を突かれた魔法使いが倒れる。
 「早く!」
ジャービスが魔法使いにしがみついたまま促す。彼がジョンの助け?! 私は立ち上がって逃げ出す。
 「このガキが」
魔法使いがジャービスを魔法で振り払う。勢い激しくジャービスは壁にぶつけられた。
 「待て!」
逃げる私に魔法使いが杖をふるおうとしたところ、轟音が聞こえた。誰もがそれに耳を傾けた瞬間、食堂のドアが開け放たれ、何千羽という鳥の群れが食堂に乱入した。数え切れない鋭いくちばしが魔法使いたちに襲いかかる。彼らは悲鳴をあげて逃げ惑い、杖をふる余裕もなく傷だらけになって戦意喪失していく。私とジャービスは唖然としてしまった。
 「大丈夫か!」
ジョンが食堂に飛び込んできた。
 「私は大丈夫。それより、ジャービスが。私を助けようとして壁にぶつけられたの」
 「あいつ、出てきてくれたのか」
 「知ってたの」
 「ああ、オレらの後ろをずっとつけてた。何か話があったのかもな」
副校長たちを見かける前にジョンが「後ろに…」と言ったのは彼のことだったんだ。
私たちがジャービスへ肩を貸している間に獣の咆哮が聞こえた。
この声――。
 「スノウ!」
白い虎になったスノウが食堂に飛び込み鳥の群れとともに魔法使いたちに襲いかかった。サポート動物と生徒はつながっている。スノウは私の危機を知って助けに来てくれたんだ。
魔法使いたちは満身創痍になった。あのいかめしい顔の魔法使いもスノウの攻撃で傷だらけになって気を失った。ひとしきり収まると鳥たちは一羽のこらず撤収し、入れ違いに一羽のフクロウが飛び込んできた。ジョンの肩に留まる。そのフクロウがしゃべった。
 「警察にここに来るように言ってきた。あいつら鳥の集団が飛んでくるのを見て異常事態だと驚いてたぜ」
 「サンキュ、ナイト」
ジョンはグーをつくり、フクロウも翼を少し丸めてジョンの手に合わせる。それを見て私はフクロウの正体を理解した。
 「ジョンのサポート動物ね」
 「ああ、オレの自慢のサポート動物、フクロウのナイトウォッチャーだ」
ジョンは得意げな顔になる。
 「寮の部屋に戻ってナイトに援軍を呼んでもらったんだ。ナイトは鳥類の中でも人望があるからすぐに森の鳥たちが呼応してくれた。オレの先導で鳥たちを先に食堂へ向かわせて、ナイトにはその間に学院で調査中の警察に届け出てもらったんだ」
ちょっと自慢げにナイトウォッチャーは胸をそらしていう。
 「まあ、『人望』って言わないけどな」
 「それもそうか」
ジョンは笑う。そこへ猫の姿に戻ったスノウがフサフサしっぽを立ててやってきた。
 「スノウ、ありがとう。怪我しなかった」
 「大丈夫だニャ。おまえこそ怪我はニャいか」
物音がした。気を取られていたら誰かが逃げていく後ろ姿が見えた。
 「副校長だ」
ジャービスが叫ぶ。副校長は逃げ足が速い。もう出口から姿を消そうとしている。このままだと逃がしてしまう。
 「ナイト」
ジョンの声に反応してナイトウォッチャーが飛び立ち、上空で両翼を素早く一振りはばたかせた。灰色の先のとがった羽が何枚も飛び出し、高速で副校長の背中に突き刺さる。副校長はうめいて倒れた。ナイトウォッチャーはまた静かにジョンの肩に留まる。
 「グッジョブ、ナイト」「まーな」
 「すごいね、あなたたちいいコンビ」
そこへやっと警察が来て、全員逮捕された。

新任の副校長は怪しげな活動団体の人間だった。校長先生のいない隙に食堂を封鎖してそこで怪しげな実験をしようとしたそうだ。人を遠ざけるため食中毒を起こさせるよう団体から指示されたらしい。だけど、なんで食堂だったのか理由はわかっていない。今回も私たちの名前は伏せられた。活動団体の報復を防ぐためだ。
校長室に呼ばれて校長先生から私たち三人とサポート動物二匹は褒められた。
 「お手柄だったね、アリス・ウィンターフェル。そしてジョン・アイリー、君は正しい判断をしてくれた。ジャービス、君の勇気を誇りに思う。サポート動物たちもよくやってくれた。君たちの働きには本当に感謝する」
 「僕がいけなかったんです」
包帯で腕をつったジャービスが細い声で言う。
 「副校長がシチューに何かを入れるのを偶然見てしまったけれど、しゃべったら殺すと脅されて。僕、知ってて食事ができなかった。そしたらみんなひどいことになって余計言えなくて。それで、アリスとジョンが何か探ってるみたいだったから言おうと思ってタイミングをはかっているうちにこんなことに…」
うつむくジャービスに校長先生は優しく語りかける。
 「君じゃなくても他の誰でも同じことをしたんじゃないだろうか。しかし君は最後に逃げずに戦った。十分怪我もしたし、償いはしたと思うよ」
校長先生は言って私たち全員に微笑んだ。
 「私もトバイアスが犯人でなくてよかったと胸をなでおろしている。彼の料理は絶品だ。あのパンが毎朝食べられなくなると思うと働く気持ちも起こらなくなるからね」
私たちは笑った。
 「さて、今日は君に残ってもらおうか、ジョン・アイリー。少し話がしたい」

ジャービスは事情聴取で警察署へ呼ばれた。校長先生が言うには、彼の証言が非常に重要になるそうだ。ジャービスの行った後、スノウとナイトウォッチャーとでジョンを待っていると、トバイアスが校長室に来るところに出会った。私とスノウが駆け寄る。
 「よう、二人とも。ありがとな。警察署長に手紙を書いてくれたんだって。オレは本当に嬉しかったよ。またうまい料理作ってやるからな」
 「うん!」「ニャン!」
 「そういや食中毒の生徒たちの面会がとけたってな。見舞いに行きたい友達がいるんじゃないのか」
 「そうだ、エミリー!」
私は叫んだ。
 「行ってこいよ。ジョンはオレが待っててやるから」
 「行ってくるニャ。動物は病院に入れないニャ」
ナイトウォッチャーとスノウに言われた。
 「ありがとう。行ってくる」
走り出した私は思い出して振り向いた。
 「トバイアス、いつもおいしいごはんありがとう」
料理長は会心の笑顔になり、ぐっと親指を上に立てて応えてくれた。

病室ではやつれたエミリーが弱々しい笑顔で迎えてくれた。
 「アリスは無事だったんだ。よかった。食中毒ってホント大変なの。つらかったよ。私、あの日アリスにこっそり食事を持っていこうとしたけど、副校長先生がやたらとウロウロしてて無理だったの。でも持っていかなくてよかった。そしたらアリスまでこんな目にあわせてたから」
いつもなんて優しいんだろう。友情に目が潤んだところへ病室に誰かがやってきた。
 「よう、エミリー」
 「ジョン、あなたも無事だったの」
声の主はジョン・アイリーだった。ジョンも私も驚いて声を上げてしまう。
 「ジョン、エミリーと知り合いだったの?」
 「おまえこそ」
 「二人とも何言ってるの」
あきれたようにエミリーが言う。
 「あなたたち私と同じブラックタートルのクラスメイトでしょう」
 「えーっ?! ジョンが?!」
 「アリス・ウィンターフェルぅ? いたかあ、こんなやつ」
納得のいかない顔のジョンにエミリーが
 「ジョンはあまり授業に出てないから知らないだけでしょ」
 「それにしたって、こいつ存在感ねえ…」
 「なくて悪かったわね。授業ぐらい出なさいよ、不良」
 「誰が不良だ、誰が」
私たちを見ながらエミリーは楽しそうにクスクス笑う。
こうして私にはジョン・アイリーという初めての男友達ができたのだった。