アリスの冒険(第6話)
テロ攻撃と巨人の校舎破壊に遭ってから1週間――。何事もなかったかのように学院生活が続いている。変わったのは、交流会のおかげで1年生はすごく仲良くなれたことと、私があの日以来、黒髪の魔導士ハルを忘れられなくなってしまったこと…。
「魔法って自分次第で効力が変わってくるんだ」
それは突然起こった。
「起きるニャー!」
スノウに猫パンチで起こされて登院した。いつもと変わらない学院生活のスタート。
異変に気付いたのは箒の授業だった。何度も地面を蹴るのに私の箒だけが飛ばない。杖魔法の授業も変だった。杖が全然反応しない。占いの授業でも私の水晶玉だけが何も写さない。どうしたんだろう…?
放課後、気になって保健室へ行ってみた。魔法診断をしたとたん保険の先生に驚かれる。
「あなた、魔法の力がないわよ」
え、どういうこと?! 昨日まではなんともなかったのに。
大病院で精密検査をしたけれど異常なし。病院の先生は「思春期の子供は悩みごとや心境の変化で一時的に、中には一生魔法が使えなくなる人がいます」なんて怖いことをいう。思い当たる節といえば学院の秘密にかかわったことだけど、負担には感じていない。
「無自覚に傷ついていたのかもしれない」と報告を受けた校長先生に本気で心配された。だから一度学院の秘密の記憶を消して試した。けれど、ダメだった。結局、記憶を元に戻してしばらく様子を見ることになった。
「えー、おまえから魔法をとったらただのおバカドジっ子だろ」
スノウに言われる。悪かったわね!
原因不明のまま、翌日から魔法を使わないで授業に参加した。ものすごくつまらない。みんなが魔法を使っている最中に見ているだけ。みんなとの差が開く焦りと劣等感でつらくなる。ルーン語や魔法薬学みたいな筆記の授業は問題ないけれど、一生魔法が使えないのを考えると習っても意味ない気がしてくる。クラスのみんなの腫れ物に触るような態度も、返って気に障った。
部屋でもつまらない。水晶球が使えないから魔法通信も見られなければ音楽も聴けない。魔法のボードゲームもできない。
つまらなくて不自由なせいで、だんだん不愉快でみじめな気持になってきた。
魔法が使えなくなって三日目、授業も教室にいるのも嫌になって「具合が痛い」と嘘をついて寮に戻った。帰ると私のベッドで寝ていたスノウが寝ぼけ眼で起き上がる。
「うん? もう帰ったのかニャ。早かったニャ」
「具合が悪いから早退してきた」
「そのわりには元気そうだニャ。どう見ても仮病だニャ」
「居場所がないの。「魔法学校にいる魔法の使えない人」なんてサイアク」
「仕方ない、今日は大目に見るニャ。けど、ボクの邪魔するニャよ」
「うん、わかった。あ、そういえばスノウって私が学校に行ったあと何してるの?」
「何って…」
サポート動物・スノウの半日
午前 七時半 アリスを部屋から送り出す。
「いってくるニャ。まじめに授業受けてくるんだニャ」
といってアリスの用意した魔法のペット缶の朝ごはんを食べる。
食後は顔を洗って魔法で全身ブラッシング。
八時 「うーん」と背伸びして、アリスのベッドで寝る。
十一時 寝てる
午後 十二時 起きる。「そろそろ時間だニャ」と水晶球でドラマ「ミケ子の生涯 その愛」を見る
「むむっ、ミケ子にライバル出現ニャ。トラ男との関係はどうなるニャ?!」
十二時三十分 ドラマ終了。満足して再びアリスのベッドで寝る。
三時 寝てる。
四時半 アリス帰宅。起きる。
「おかえりニャ。ちゃんと勉強してきたかニャ。宿題が終わるまでは遊ばせないニャ。ハイッ、机に向かう」
「って、あんた、えらそうなこと言ってるわりには寝てばっかじゃないのよ!」
「猫は寝るのが仕事だニャーッ!」
「おまけになに“愛の奥様劇場”見てんのよ!」
「ムキーッ、ボクの一日の唯一の楽しみをバカにするニャアッ!」
そんなわけでスノウと一緒に”愛の奥様劇場”見て昼寝した。スノウ、あのドラマのどこがおもしろいんだろう?
夕方、エミリーが部屋を訪ねてきた。
「具合はどう? これ、今日の魔法料理部で作ったイチゴのマドレーヌ」
ピンク色のおいしそうなマドレーヌをかごに入れて差し出される。いつもなら喜ぶけれど、今は放っておいてほしい。おまけに…。私はむっとした顔になる。
「それ、魔法で作ったんだよね。いらない。嫌味にしか見えないし」
エミリーが顔色を変えたけれど、私は許せなかった。
「あの、ごめん、アリス。私が無神経で…」
謝罪を待たず、エミリーの目の前で思いっきりドアを閉めた。私、嫌な子だ…。
「おまえニャア、いまのは失礼…」
「わかってるよ! でも、いま魔法を使える人と会いたくない!」
私はベッドにもぐりこんで頭から布団をかぶった。いまの自分が嫌いで仕方なかった。スノウに夕食の時間だと言われても「いらない」といってベッドから出なかった。食べたくなかったし誰にも会いたくなかった。
翌朝、スノウのごはんを用意した後、「今日も休む」といってベッドに戻った。
たっぷり寝たあとで小説「イナヅマ少年ハリハリ・ポタ」の続きを読もう。それで、お菓子食べながらスノウと一緒に「ミケコの生涯」見て…。
とベッドの中でぬくぬくしていると
「起きるニャー!!! 不登校なんてサポート動物としてボクが許さないニャーーー!!!」
スノウにものすごい剣幕で怒られて魔法で布団もはぎとられてしまった。嫌々着替えて
「帰ったら「ミケ子」の続き教えてよ」
と振り返って声をかけると、スノウは私のベッドで幸せそうにクークー寝ていた。
あのニャンコ、自分がベッドを占領したいから私を追い出したんじゃないの?
教室に着くとクラスのみんながよそよそしくなったみたいで居づらい。エミリーが私の悪口をふれまわったんじゃないかと疑った。エミリーがそんな人じゃないのは知っている。けれど、みんなに避けられているような気がしてならない。
授業では今日も杖は棒きれ、呪文は発声練習、水晶玉はペーパースタンド。それなりにがんばっているのに全然変わらない。嫌になってきた。
そんなお昼休みにオリエに声をかけられた。
「アリス、魔法の練習手伝うで。一緒にしよ」
「いいよ、もう」
「あきらめたらあかんよ。努力すれば必ずできるて」
カチンときた。私は思わず声を荒げて叫んでしまった。
「何度もやってるよ! 私、オリエみたいに頭良くないし、オリエは努力して必ず報われてきたからそんな奇麗事が言えるんだよ。どんなに努力してもできなかったり望みが叶わない人だっているんだから、少しはそんな人の気持ちも考えなよ!」
私、最低だ。オリエにまで当たって。でも、イライラが自分の手に負えない。傷ついた目で何も言えなくなったオリエの前から私は逃げるように走り去った。これでエミリーに続いてオリエまで失った。嫌だよ。もう疲れたよ。私なんかいなくなればいいのに。
教室に行きたくない。でも寮に戻ればスノウに追い返される。困っているとふと思い出した。あのなつかしい大講堂の裏の空き部屋を。
行ってみると空き部屋はあの頃のままだった。入学したての頃、クラスの誰とも仲良くできなくて、部活も入りたくなくてここで一人こっそり読書したり杖魔法の練習をしていた。ほっとするようなせつない気持ち。昔からこの部屋だけだ、私の居場所は。
もう友達なんていらない。魔法だってどうでもいい。家に帰りたい。
こんな学院来るんじゃなかった。来なければ魔法が使えなくなったり自分のせいで友達を失う後悔なんて知らなくて済んだのに。もう楽しいことなんて知りたくない!
うずくまって膝を抱えていると近づく足音が聞こえた。私は前と同じ衝立付きの机の下に急いで隠れる。誰かが入ってきた。正体は声ですぐわかった。校長先生だった。
「出てきなさい、アリス・ウィンターフェル。授業に出ていないと先生から報告があった。いるのは所在地の魔法でわかっているよ」
嫌だ。誰が出て行くもんか。そう思っているとしばらくして校長先生が静かに続けた。
「では、そのまま聞きなさい。君はいままで幾度となく危険な目に遭いながらも私たちを助けてくれた。とても感謝しているよ。だが、そのせいで魔法が使えなくなったとしたら本当にすまないと思っている」
言葉を切った校長先生の次のセリフは意外だった。
「だれしも自分が耐えられない悩みや苦しみを負わされないと言われているが、それは偽りだ。あるいは、悩みが複雑化しているこの世の中にはもう通じない時代錯誤の教えだ。いまでは、やる気を起こさせるための都合のいい文句になってしまったのは残念ながら事実だよ。通用するのは幼い子供や傷つくことの少ない人生を送ってきた人くらいだろう」
校長先生? どうしたんだろう。つらそう。
「だが、やけを起こしても起きている事実は変わらない。結局、悩みや苦しみ、悲しみに立ち向かうか、受け入れて共に生きるか、あるいは自分の心を守るためにあえて見ないように心を閉ざして生きるかしかないんだ。いまの君はどれにあてはまるだろうか。もう一度自分を見つめてごらん。何かあったら私の所へ来なさい。そのための先生なのだから」
それだけいうと校長先生は出て行った。
いまの私…。机の下から這い出ながら考える。いまの私はどれでもない。ただ逃げているだけ。校長先生は知っていて私が自分で気づくように教えてくれたんだ。
「ごめんなさい、校長先生」
つぶやいて私は空き部屋を出た。
授業の始まった教室に戻る勇気がないまま校内を歩いていると廊下でジョンにつかまった。ジョンもサボってたんだ。
「探したぞ、ちょっとこい」
と無理矢理つれられて森に来た。ナイトウォッチャーもいる。色とりどりの小鳥たちが空を舞い、歌を歌っている。どの鳥も幸せそうで、まるで小鳥の楽園みたい。
「どうしたの、これ」
「ナイトが助けている親のいない小鳥たちだ。オレも協力している。でも、誰にも言うなよ。サポート動物は生徒のサポート以外の活動を禁止されてるんだ。バレたら退任させられる。まあ、校長には集団食中毒の後いろいろ聞かれて、しゃべらなかったけどバレてるっぽいんだよな…。ところで、おまえ、どうせ暇だろ。ナイトの手伝いをしろ」
「なんで私が?!」
「とにかく頼んだぞ」
ジョンは走って学校へ戻ってしまった。ナイトウォッチャーが私の足元へ舞い降りる。
「ジョンはオレを手伝ってたまに授業を抜け出してくれるんだ。親を見つけたり小鳥が危険な目に遭わないよう助けてくれてる」
「それで授業をサボってたんだ。でも、なんでそんな大事な秘密を私に…」
「気がまぎれると思ったんじゃないか。魔法のこと、聞いたぜ。それと、オレもジョンもアリスを信頼してるから教えたんだ。学校で起きた事件を誰にも言ってないだろう」
「なんだか照れるね。それで、私は何をしたらいい?」
「小鳥たちにスプーンで餌をやってくれ。ジョンがペット屋で買ってきたのがあるんだ」
スプーンを手にすると小鳥たちが一斉に口を開けた。かわいくて、二人が小鳥たちを放っておけないのもわかる気がした。世話が落ち着いたら小説や杖魔法の本を読んで過ごした。できないけれど、杖もふるってみた。
夕方ジョンが戻ってきた。
「これ、オリエから預かってきた」
それはいままでの授業のノートだった。ものすごくわかりやすい。
「おまえがいつ魔法が使えるかわからないから授業に戻ってもすぐ追いつけるようにって。あきらめてほしくないって言ってた。オリエ、心配してたぞ」
オリエ、見捨てないでくれたんだ…。気がついたら私はノートを抱きしめていた。
寮の部屋に帰るとエミリーが待っていた。黄色の普通のマドレーヌを持ってきていた。
「これ、自分で作ったの。魔法を使わないで作るのって難しいんだね」
マドレーヌの入ったかごを持つエミリーの手には火傷跡がたくさんあった。私の視線に気づいたエミリーはさっと手を隠す。
「気にしないで。こんなのレディに頼んですぐ治してもらうから」
エヘヘと笑ってごまかそうとしてくれる。
「エミリー、ごめんね。ごめん…」
涙があふれてきた。
「え、やだ、アリス、泣かないで。私まで泣けてきた…」
二人で泣いてしまった。スノウと目が合うと彼はやれやれと微笑んでいた。
次の日、授業に出ると内容が進んでいたけれど、オリエのノートのおかげでドロップアウトしないで済んだ。その後の私は、授業でやりきれなくなるとサボって森でナイトウォッチャーを手伝ったりそこで読書したり杖をふるったりして過ごすようになった。
思ったより友達が心配していた。
「アリス、放課後サッカーしよう。これなら魔法を使わなくていいもんね」
交流会で一緒に委員をやって仲良くなったレッドフェニックスのアリリアが誘ってくれた。アリリアたち、いつもは魔法ゲームをしているのに。前は気を遣われるのが癪に障ったけれど、いまはちがう。優しい気遣いを素直に受ける気持ちになっていた。
「魔法が使えなくてもアリスには学院に残ってほしいんだ。せっかく友達になれたんだから。退学になったら、私、校長先生に掛け合うよ」
シュートを決めてアリリアはほほ笑む。心強くなった。
次の日の放課後、エミリーのお兄さんのカイル先輩に声をかけられた。
「アリス、よかったらいまから魔法演劇部を手伝ってくれないかな。大道具を出したり小道具を作ったりするんだ」
「でも、魔法を使うんですよね? いまの私には…」
「いや、みんな手作業だよ。演劇部が魔法を使うのは演技の中だけって決まりだから」
「演劇部ってどんな魔法を使うんですか」
「魅了(チャーム)の魔法だよ」
「聞いたことがありません」
「その人の持っている魅力を最大限に引き出すのがチャームの魔法で、チャームに有利なのは魔法の力が強い人じゃなくて、自分に魅力のある人ほど威力が強いんだよ。魔法って不思議でね、自分次第でその能力だけじゃなくて効力がまったく変わってくるんだ」
知らなかった。魔法っていろんな可能性があるんだ。カイル先輩、エミリーから相談されたんだろうな。魔法にだけこだわらなくてもいい考え方を教えてくれるなんて。
みんな、ありがとう。その優しい思いに応えたい。
演劇部の部室に案内されて、部員に紹介される。すると部室の隅で部屋がきしむような変な物音がした。3年生の部員が教えてくれる。
「たまにあるの。学院の怪談で、演劇部には赤毛のお姫様とそれを守る騎士たちの幽霊がいて、お姫様は憧れの王子を求めていまでもさまよっているんだって。ただの風の音なんだけどね」
演劇部の練習が始まった。衣装を縫いながら練習を見る。カイル先輩はまだ2年生なのにもうファンがたくさんいて部室の周りを囲んでいる。わかる気がするなあ。だって先輩のチャームってかっこよくてステキだから。それに王子様役だけあって気品にあふれてる。
――…けた。
え? なんだろう。誰か何か言ったかな?
ちゃんと聞いていればよかった。声はこう言っていたのだった。
<見つけた。もう逃さない>
魔法が使えなくなって3週間が過ぎた。7月も半ば。もうすぐ夏休みが始まる。このまま魔法が使えなくなったらどうしよう。魔法を使わなくてもできる仕事なんてあるのかな。
ある日、演劇部のみんなと衣装を縫いながら「イナヅマ少年ハリハリ・ポタ」の話をしていて思った。ああそうだ、作家になろう。書くだけなら魔法を使わなくてもいい。取材が必要になったらスノウに行かせて…。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
衣装合わせをしているとカイル先輩のところへエミリーが来た。なんだか不安そう。
「エミリー、どうしたの?」
「お兄ちゃん最近調子が悪いんだって、頭痛がしたり息苦しくなったりで。お兄ちゃんって病気になったことがないからお母さんに相談したら心配してお守りを送ってくれたの。それを渡そうと思って」
魔法使いの世界ではお守りはかなり効力がある。効果のあるものほど入手困難だ。エミリーが小さな青い水晶玉を渡すと、それを見たカイル先輩が吹き出した。
「今回も母さんはズレてるなあ。これ、健康じゃなくて厄除けのお守りだ」
三人で一緒に笑ってしまった。
直後、壁に亀裂の走るような音がいくつも響いた。その場にいた全員が驚いて周りを見回す。おさまると空間が揺らめいて半透明の女の人と男の人たちがカイル先輩の背後から浮きあがった。そのとたん、お守りが砕けた。
赤毛の女の人と男たち。てことはお姫様とその騎士たちだ。でも、真っ赤なキャミソールにスタッズだらけのチョーカーの姿はお姫様というよりメタル系パンクみたい。騎士たちもドクロTシャツにアーミーパンツのメタル系だし。あれ? 聞いてた話とちがう…。
赤毛の女の人はいまいましそうに私たちをにらむ。
<おのれ、よくも我らに気づいたな。とりついて殺そうと思ったが、こうなってはもはや命を奪うまで。やっと見つけたのだ。私の気に入る王子ホワイトの役を演じきれる人を。魂だけとなったホワイトに永遠に私は愛してもらうのだ>
やっぱりこれお姫様?! どうみてもメタルな人…。話が美化されてたみたい。
驚く私たち目の前で赤毛の幽霊は宙を舞ってカイル先輩の首に手を絡め、強い力で絞め始めた。先輩の顔がみるみる青くなる。エミリーが杖を取り出した。
「お兄ちゃんから離れて! 行けっ、杖のパンチ!」
技が幽霊をすり抜ける。物理攻撃が効かないんだ。つき従うメタル幽霊の一人がエミリーを指さす。
<姐御、厄払いの守りを持ってきたのはこいつですぜ>
<デス・メタルズ、やっておしまい>
<イェース!>
デスメタルの音楽に合わせてメタル幽霊たちが襲ってくる。エミリーが捕らえられた。部員も見ていた人たちもみんな怖くなって動けなくなっている。
どうしよう。魔法が使えない今、幽霊たちの気をそらして二人を助けるしかない。
ふいに授業をさぼって読んでいた小説のワンフレーズを思い出した。
相手の注意をそらすこのセリフ。私は赤毛幽霊に指をさして叫んだ。
「お、おまえの秘密を知っている!」
彼女はギクリとしてカイル先輩から手を離す。
「いますぐみんなにバラしてやる!」
言い捨てて私は全力で逃げ出した。
<なぜそれを?! ええい、待て!>
まんまと引っ掛かった幽霊たち全員が私を追ってくる。これで二人とも解放された。よし、成功! でもどうしよう。このあと考えてない…。
校内を逃げ回る私とそれを追いかけるメタル幽霊たち。幽霊たちの変な格好のせいで見ていた人たちは遊んでいると思ったらしい。私を見たジョンとオリエが追いかけてきた。
「おまえ、何やってんだよ」「アリス、あれなんやの?」
「ゆ、幽霊に追われてるの!」
「おかしいだろ。昼間に出るかよ」
「なんかの魔法の失敗作ちゃうの?」
「二人ともまじめに逃げて。カイル先輩はあれに殺されかかったんだよ」
「なんやて?!」「おまえ、それ早く言え!」
行き止まりになり私たちは追い詰められてしまった。ジョンとオリエが杖のパンチで応戦する。でも物理攻撃しか知らない二人の技は幽霊たちをすり抜ける。私は杖フェンシング部のくせで無意識に杖を取り出していた。森で読んだ杖魔法の本にあったあの魔法なら幽霊を倒せる。上級魔法だけど、あれしか知らない。私に魔法が使えれば…。
手に杖が張り付く。わずかだけれど杖が温かい。まさかこれ、いつもの魔法の感覚…? 私は杖をふるった。
「行けっ、エクソシステ・ホーリー・ファイアライト!」
弱々しい火が杖から浮き出てヨロヨロ進みながらメタル幽霊の一人にあたった。
<あちっ、服を焦がすな>
火を手で払って消し幽霊は怒る。その間に赤毛の幽霊が飛んできた。怒りに満ちた形相で私の両肩をつかむ。髪を天へと逆立てて憎悪のオーラを発しながら詰め寄ってきた。
<言え、私の秘密をどこで知った!>
幽霊の冷気と締めつける怪力に苦しくなって息が止まりそうになった。どうしよう…。
「オリエ! ジョン! いまの杖魔法を使って」
「え、いまの?」
「オレらやったことないぞ」
「私にできたから二人ならちゃんとできる…」
赤毛の幽霊が杖を持つ二人を見てデス・メタルズに命令する。
<おまえたち、邪魔をさせるな>
<イェース!>
「は、早く…」
ジョンとオリエは目を見合わせ、うなずいて杖をかまえて一緒に呪文を唱えた。
「行けっ、清き炎!」
「行けっ、聖なる光!」
杖から炎と光がほとばしり混じり合う。輝く大きな炎に幽霊たちだけが包まれ、彼らは悲鳴を上げた。私は無事に解放され、ジョンとオリエはあれ?と顔を見合わせる。
「オリエ、間違えただろ」
「アリスが使こたの、これやないの?」
騒ぎは収まった。そこへ一羽の白いオスの鷹が飛んできて幽霊に有効な「緊縛の札」で全員を捕えた。
幽霊たちは気が抜けたようにおとなしくなった。
「つまり、「清き炎」と「聖なる光」が合わさって「浄化の火炎」になり、除霊ではなく悪霊を元の普通の幽霊に戻したわけか。よくそんな高度な魔法を知っていたな」
鷹に二人は褒められる。
「いや、これは本当に偶然で」
「アリスが使こたエクソシステ・ホーリーなんとかをうちたちが別々に解釈して…」
「エクソシステ・ホーリー・ファイアライト? 除霊魔導士の魔法を1年生が?」
白い鷹が首をかしげているとカイル先輩とエミリーがやってきた。
「バラシオン、アリスは?」
「カイル、もう大丈夫だ」
鷹はカイル先輩のサポート動物だった。エミリーの危機にレディもきていた。
あ、ちょっと。うちのバカニャン来てないじゃない。
部室に住む赤毛の幽霊アビゲイルは先輩の王子役一目惚れし、気がついたら殺そうとしていたと打ち明けた。思いが募りすぎて悪霊になってしまったんだ。幽霊って怖いなあ。
カイル先輩はしゃがんで、拘束されてうなだれるアビゲイルを諭す。
「僕は王子ホワイトではありません。それに死ぬのは舞台を降りた魔法学院の一生徒カイル・キャスロックです。あなたの思いには応えられませんが、僕の演じる王子ホワイトのファンとしてならいくらでも僕らの演劇を楽しんでもらえたらと思います。ただし、今回のように人を傷つけるのであれば、次こそ僕はあなたたちを許しません」
アビゲイルは高潔な人柄の先輩のファンになってしまったようだ。うっとりして誓う。
<これからもお慕いいたしますわ、カイル様>
<オレらもですぜ、カイルの兄貴!>
「何言ってるの、お兄ちゃんを殺そうとしたくせに! レディ、除霊魔導士を呼んで!」
大激怒するエミリー。そこはカイル先輩とレディが丸く収めた。拘束を解かれた幽霊たちは静かに消えた。きっと演劇部の部室に戻ったんだろうけど。私は改めて感心した。
「カイル先輩ってすごい人だね」
「あんたもやで、アリス」
「おまえ、さっき魔法使ってなかったか?」
試しに杖の先に光をともす超初歩魔法を使ってみたら、杖は弱々しい光を放った。
「やった! やったね、アリス! 魔法の力が戻ってきてるんだよ」
エミリーが叫び、その場にいたみんなが喜んでくれた。私も嬉しくなって、みんなに何度も心からありがとうを言った。
その後、二、三日で私の魔法の力は元に戻った。友人たちもだけど校長先生が一番喜んでくれた。その間、スノウがいろいろ教えてくれた。
「幽霊と対決している最中、留守にしていて悪かったニャ。おまえの件を調べて魔法医学部の教授や呪い研究所の専門家と連絡が取れたから意見を聞きに行ってたんだがニャ」
スノウってどういうニャンコなの。
「非常にごく稀なケースで思春期の子にホルモンが作用して一時的に魔法が使えなくなることがあるそうだニャ。たとえば恋愛とか」
「え? 恋愛~?!」
私はハルの顔が頭に浮かぶ。
「じゃあ、恋したら魔法が使えなくなるの?」
「いや、一過性で、落ち着けば二度とならないそうだから安心するニャ」
「よかった。でも、そんなことで魔法が…」
「無理もないニャ。どうせ、あれ初恋ニャ? 相手はこのまえ言ってた黒の魔導士…」
「や、やめてよ! 変なこと言わないで! 恥ずかしい」
「まったく。ボクが気絶してる最中に恋とかしちゃってるんだから隅に置けないニャ。で、どんなヤツだニャ? 教えるニャ」
「いいの、もう! どうせ学院が危機にでもならない限り来ない人なんだから」
なんて言ってたけれど、私は近いうちにハルに再会することになるのだった。