ふしぎなユメちゃん【脚本】
少年『ユメちゃんはいつも、不思議な話をする』
ユメ「昨日は大変だったわ。狼がしつこくって、逃げても逃げても追いかけてきて」
少年『ユメちゃんはぼくの友だちだ。ぼくらはよく一緒に遊んでいるんだけど、大体はぼくの部屋でお話をしている。ユメちゃんがいうには』
ユメ「ダメよ。レディの部屋に二人きりなんて」
少年『だって。ユメちゃんは、たまに難しい事を言う。まぁ、ぼくは別にどっちでもいいんだけどね。だって、ぼくがユメちゃんに会いたくなった時、いつもユメちゃんの方から遊びに来てくれるから』
ユメ「そうだ。よっくん、聞いて?わたし、また食べられそうになったの」
少年「え?」
ユメ「もう。話聞いてた?狼よ、狼。まぁ、何回も食べられかけてるから、逃げ方は最近解って来たんだけどね。…あ、でも前に一度食べられちゃったんだっけ」
少年『ユメちゃんの話は、いつもこんな感じ。ユメちゃんの部屋は、ぼくの隣だ。そんな事があれば、すぐに解る。だから多分これは、ユメちゃんが見た夢の話だ』
ユメ「それでね、その時はお腹を切って、石を詰めて、綺麗に縫ったのよ」
少年『でもぼくは、それを嘘だとは言わない。いつも最後まで、黙って聞いている。そして、たまに、返事をする』
ユメ「そういえば、また来たの」
少年「誰が?」
ユメ「王子様。この間落とした硝子の靴をどうしても履いて欲しいって言われたんだけど、追い帰しちゃった」
少年「どうして?」
ユメ「だってお姫様になったら、お城にいかなきゃならないのよ?」
少年「行きたくないの?お城」
ユメ「そりゃあ行きたいけど…でもそうしたら、よっくんに会えなくなるじゃない」
少年『よっくんというのは、ぼくのことだ』
ユメ「それに、お城には鏡を使う怖い魔女がいるわ。あの魔女は、林檎を使ってお姫様を殺すの。他にも、櫛やリボンを作ったらしいんだけど、それだと生き返っちゃうから、林檎だけにしたみたい」
少年『ユメちゃんの夢には、色んな人が出てくる。恐い物も沢山出てくるけど、大体は面白い』
ユメ「あと、決め手は王子様かな」
少年「王子様?」
ユメ「そう。王子様ったら、たまに蛙になっちゃうらしいわ。最初は噂かと思ってたんだけど、暑くなると池に飛び込んじゃうし…この間も、部屋にいた虫を食べていたもの」
少年『ユメちゃんの話は、いつもこんな感じだ。すごく不思議で、すごく面白い。だから、ぼくはユメちゃんと話すの
が好きだった。そんなある日、ユメちゃんいつもの話の後に、こう言った』
ユメ「あのね、よっくん。よっくんは、ダメよ?世界には、悪い魔女やお化けが沢山いる。だけど、そんな物よりも、もっともっと怖い物がある。だから、騙されないようにね」
少年「え?それ、どういうこと?」
アイ「ユメちゃん?あ、やっぱりよっくんの所にいたのね」
ユメ「アイさん」
少年『アイさんは、ユメちゃんのお世話をしている人だ。優しくて、綺麗だ』
アイ「もうご飯の時間よ」
ユメ「はぁい。…とにかくねよっくん。よっくんはダメ。絶対に、騙されちゃ駄目よ」
少年「…うん、解った」
アイ「さぁ、行きましょう」
ユメ「じゃあね、よっくん」
少年「うん、また明日」
ユメ「…また明日」
少年『ユメちゃんはそう言って、小さく手を振った。何かを言いたそうな顔をしていたから、ちょっとだけ気になったけど、明日聞けばいいやと、ぼくは思った。でも、ユメちゃんはそれきり来なかった。明日になっても、来なかった。次の日も、その次の日も、ユメちゃんは来ないままだった』
ケイ「よっくん。まだ起きてたの?」
少年『この人は、ケイさん。ぼくのお世話をしてくれる人だ。やっぱり優しいし、とっても大きい』
ケイ「もう寝る時間だよ」
少年「…ねぇケイさん」
ケイ「ん?どうかしたの?」
少年「どうして、ユメちゃんは来ないの?いつもオヤツの時間には来ていたのに」
ケイ「…ユメちゃんはね、遠くに行ったんだ」
少年「遠く?」
ケイ「そう、遠く。とてもとても、遠い所」
少年「いつ帰って来るの?今度は、いつ会える?」
ケイ「残念だけど、もう帰って来ないんだ。でも、きっといつか、また会えると思う」
少年『ケイさんは、少し困った顔でそう言うと、ぼくにおやすみを言って部屋を出て行った。その日、ぼくはとても不思議な体験をした。パチパチと瞬きをしたら、そこは空の上だった。ぼくは当たり前のように飛んでいた。そして、そこにいた海賊をやっつけたのだ』
ケイ「おはよう、よっくん。よく眠れた?」
少年「…おはよう。…あ」
ケイ「ん?どうかした?…あ、服が切れてるね。破れたっていうか、刃物で切ったみたいになってる」
少年「…あのねケイさん。ぼく昨日、空を飛んだよ」
ケイ「そう。それはすごいね」
少年『ケイさんは、嘘だとは言わなかった。それからも、不思議な事は沢山起こった。それは、確かに夢じゃなかった。ユメちゃんが言っていたのは、この事だったんだと思う。これは、夢でも嘘でもない。だって、鬼と戦った時についた怪我が、朝になってもついていたんだもの』
ケイ「よっくん。最近は眠れている?」
少年「うん。ちゃんと寝てる」
ケイ「そう。ならよかった。…また、面白い事があったら、教えてね」
少年『ケイさんはそう言って、おやすみと言ってその日も部屋を出て行った。ぼくはその日、大きな樹を上った。どうやらそれは豆の木だったらしく、気がついたら雲の上にいて、そこには巨人がいた。ぼくは何度も潰されそうになりながら、一生懸命逃げていた』
ケイ「…心拍数と呼吸が少し乱れているようですが、まだ脳波は安定しています」
先生「…今度は何日持つだろうか。前は、何日だったかな」
アイ「九十八日です。同時に実験を開始した十名の中では、最長です」
先生「そうか。彼女は適性が高かったから、今度こそ成功すると思ったのだが…」
アイ「現在は呼吸が安定している為、栄養剤の投与を行っていますが、今までの記録上、現実に戻ってくる可能性は、極めて低いと思われます」
先生「そうだろうな。この薬は、睡眠時に精神を平面世界へ投下する事が出来るという物だ。尤も今は試験段階の為、適応能力が高く身寄りがない十歳未満の子ども達を、彼らの情操教育期間に読み聞かせられる事が多いとされる童話や御伽噺の中へ投下しているわけだが…」
アイ「現段階では、連続した夢想世界への精神投下により、精神と肉体の同調が強まる事によって、精神が現実世界に戻る事が出来なくなってしまい、結果夢から覚める事の出来ない植物人間状態になってしまう」
ケイ「その為学会からは、安全性の証明として、一年以上継続してもそのような事態にならないよう、薬の再開発を行えと」
先生「昨今、自身が経験した事しか認識出来ない者が増え、『読んで理解する』という行為が軽視されてきた。それが原因で起こった事件も少なくない。しかしこの実験が成功すれば、人類は『読解』という作業から解放される」
ケイ「現在投薬を開始した十名のうち、既に三名に同調が始まっています。私が担当しているナンバー十一も、投下中の擦傷を残していました」
先生「ふむ。では、明日はこちらを投与してみよう」
ケイ「はい」
少年『ユメちゃんはいつも、不思議な話をしていた。ぼくは、その話が好きだった』
ユメ「ねぇよっくん。よっくんはダメよ?」
少年『だけど、最後の日。また明日と言ったあの日。ユメちゃんが言っていた事』
ユメ「世界には、悪い魔女やお化けが沢山いる。だけど、そんな物よりも、もっともっと怖い物がある。だから、騙されないようにね」
少年『ぼくは、あれだけがよく、解らない』
ユメ「とにかくねよっくん。よっくんはダメ。絶対に、騙されちゃ駄目よ」
少年『ぼくは、解ったと言ったけれど、今も本当は解らない。ユメちゃんが言った中で、あれが一番、不思議な話。そして今日も、ぼくは不思議を体験する。ご飯の後の薬を飲んで、ケイさんにおやすみを言って目を閉じた後。ぼくは、不思議を体験する』