不戦の王 コラム「精霊が人とともにあった時代」
<目次>
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この物語の死生観を民話やテレビ番組の
幽霊話のレベルから切り替えていただくために、
一つだけ例をあげておきたいと思う。
ご存じ桓武天皇の話はどうだろうか。
桓武天皇は平安朝四百年の扉を開く一大事業を
成し遂げたとして誉れ高い天皇だが、
彼をそれに駆り立てたものは、いったい何だったのだろうか。
一面では、大和の寺院勢力や豪族との関係など、
政治的理由が遷都を促進させたということも否定はできない。
が、桓武天皇を衝き動かした最も強い要因は、
じつは、自分が死に至らしめた血族の政敵、
親王や内親王の祟りを怖れてのことだったというのが、
もう一面の圧倒的な真実だったのである。
簡単に言えば、幽霊が怖いからと平城京から長岡京へ、
さらにわずか十年後に平安京へと
物入りな遷都をしてしまったということなのだ。
そういうことが国家の頂点に座る天皇によって
大まじめに命令され、貴族以下もその理由を
「ごもっともなこと」と畏れ入る時代だったのである。
茶化しているのではない。彼らは信じていた。
「現実とは、この五感で捉えられるだけのものではない。
我らには不可視な現実世界が幾層にも折り重なって、
このいま、同時に時を刻んでおるのじゃ」と。
考えてみれば、人類の知識や知覚能力なんて
たかが知れている。
現代人は目に見え、数値化できることしか
信じようとしない傾向にあるが、
1,2の視力、この程度の科学では
捉えようもない事象がこの世にはあふれている。
その現実にきちっと目を向けていたのが、
じつはこの時代の人々だったのではないだろうか。