不戦の王 コラム「愛と調和の民」
<目次>
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こういう安倍一族の在り方には、
蝦夷の多民族性が重要な鍵として横たわっている。
蝦夷は先に述べたように、コーカソイドや
各種モンゴロイドのハイブリッド民族である。
ふつうは、そのいずれかの種族が他族を制圧して
統一国家をつくろうとするものだが、
蝦夷はそうしなかった。
あくまでも多民族連邦として各民族の習俗を尊重しあい、
調和を重んじて共存する道を選んだ。
つまりけっして互いに上に立とうとせず、
知恵と愛を用いて共々に繁栄することを
目指してきたのである。
そのことは、ネイティブ・アメリカンが
白人が来るまで数百の種族で見事に共存、調和していた
ことを想い起こさせるが、
しかし、残念だが、この種の価値観は争いに弱い。
ネイティブ・アメリカンに対するアングロサクソン。
マヤ民族に対するスペイン人。
それと同様に、蝦夷に対する倭人も、
「より多くの富と権力を手中にした者が勝ち」
という価値観で、愛と調和を大切にする民族を
蹴散らしたのである。
ところで、そんな蝦夷の安倍一族は、
いったいどこから来たのだろうか。
話は神話の時代にまでさかのぼる。
神話と言えば神武天皇…ということになるのだが、
その実在性云々はさておくとして、
とにかく九州から近畿地方に攻め上った民族が
いたことは事実であるらしい。
迎え討ったのは畿内王権。
縄文の世からいた、いわばネイティブ・ジャパニーズだった。
その中の代表的人物の一人に、
攝津安日野(あびの・現、大阪阿倍野)に根城をおく
安日(あび)という者がいたという。
安日は安倍とも書いた。
その安倍一族の主力が、畿内王権の敗戦によって
遠く津軽にまで逃れた。
しかし、津軽に流れ着いた安倍一族は、
有力な先住民族との混血作戦を通じて
アメーバ的に勢力を拡大し、平安中期までに
米や金や鉄鉱石の産地をテリトリーとする
蝦夷のすべてと血縁関係を完成させた。
その結果、朝廷が陸奥を治めようと思えば、
何はさておき安倍一族を牛耳らねばならない、
そこまでの存在となった。
他方。
細々と安日野に残った安倍一族の傍流もまた頑張った。
彼らは中央官庁の下役からしだいに地位を得てゆき、
奈良時代には、ついに安倍倉橋麻呂という人物が
左大臣に抜擢されるまでになった。
つまり、命からがら逃げた安倍は反朝廷勢力の雄となり、
安日野で身を縮めていた安倍は、
中央貴族として堂々たる系譜をうち立てたのである。
ちなみに天才陰陽師、安倍晴明の安倍家は、
出世頭の倉橋麻呂から下がったことになっている。