真っ白な猫【脚本】

語り『昔々、ある所に、一匹の猫がいました。猫は、真っ白でふかふかの猫でした』

アヤ「ねぇお母さん。本当に、駄目?」

母「ダメよ。次のおうちでは猫は買えないの。だから、ここでお別れよ」

語り『猫は、アヤちゃんという女の子に飼われていましたが、アヤちゃんが引越しをすることになった為、捨てられてしまいました』

猫「アヤちゃん。アヤちゃん、どうしたの?」

アヤ「…ごめんね?」

語り『猫の言葉は、ニャーニャーと言う鳴き声にしかなりません。小さな箱にいれられて、猫は、そこに置き去りにされました。アヤちゃんを乗せた車が走り出して、猫は箱から顔をだし、追いかけます』

猫「待って!ねぇアヤちゃん、待ってよ!」

語り『どれだけ鳴いても、走っても、アヤちゃんを乗せた車は止まりませんでした。そして、ついに見えなくなってしまいました。猫は、一人ぼっちになってしまいました』

猫「アヤちゃん…。アヤちゃん、どこへ行っちゃったの?」

語り『猫は、哀しくなりました。けれども、思いました』

猫「大丈夫。アヤちゃんはきっと、迎えに来てくれる。待ってればきっと、また会える」

語り『猫は、自分が捨てられた事に気付いていませんでした。猫は待ちました。雨の日も、風の日も、とても暑い日も、雪の日も、ずっとずっと、待っていました』

子供「あ、捨て猫だ。きったないなぁ」

語り『時には石もぶつけられました。側に合ったゴミ箱を漁って、お腹がすくのを我慢しました』

店主「こら!ゴミ箱を荒らすな!」

語り『猫は、一人ぼっちでした。それでも、毎日毎日、待ちました。きっと、アヤちゃんが来てくれると信じて。けれども、ずっとは生きてはいられません。猫は、ある寒い朝、死んでしまいました』

店主「何だ、死んじまったのか。まったく、捨て猫なんて、迷惑なもんだ」

子供「うわぁ、気持ち悪い」

語り『誰も、猫が死んだ事を、哀しんではくれませんでした。それでも、猫はそこにいました。猫は、死んでもそこで、待っていたのです』

猫「アヤちゃん。まだかなぁ。アヤちゃん、寒いの嫌いなんだ。いつもお母さんに起こされても、布団に丸まって、ぼくのことだっこしたまま寝直しちゃって。学校、遅刻してないかな」

語り『そんな猫を見かねて、天使様が迎えにやってきました』

天使「可哀想な猫。君は、本当にアヤちゃんが好きなんだね。けれど、もうアヤちゃんはここには来ない」

猫「どうして?」

天使「君は、捨てられてしまったんだ。そして、ついに死んでしまった。だから、一緒に天国へ行こう」

猫「嫌だ。ぼく、ここにいる。アヤちゃんが来るまで待つんだ」

天使「だけど、君は死んでしまったんだ。アヤちゃんが来たって、アヤちゃんは気づかないよ」

猫「そんな事ない。アヤちゃんは、きっとぼくに気付いてくれる。だから、嫌だ」

語り『天使様は、何度も猫に天国へ来るように言いましたが、猫はけして動こうとはしませんでした。ついには、天使様も諦めて、こういいました』

天使「それじゃあ、もう少し待ってみるといい。けどいいね?君はもう、ただの猫じゃない。死んでしまっている、魂の猫だ。きっと前は出来なかった事も出来るだろう。だけど、自分勝手な事をしてはいけないよ」

猫「自分勝手?」

天使「君は、アヤちゃんを信じる綺麗な心を持っているから、天国に入れるんだ。それが汚れてしまったら、君はもう天国には入れなくなる。だから、いいね?」

語り『猫には天使様の言う事がよく解りませんでした。けれども、それでいいと思いました。だから、猫は待ちました。待って、待って、待って。とても長い時間が過ぎました。猫の身体は、無くなってしまいました。それでも、猫は待ち続けました。もう、寒くも、暑くもありませんでした。そんなある日』

猫「あ!」

語り『猫は、アヤちゃんを見つけました。ランドセルを背負って、学校から帰るアヤちゃんでした』

猫「アヤちゃん!ねぇアヤちゃん!こっちだよ!ぼくはここだよ!」

語り『猫がそう何度も呼びかけましたが、アヤちゃんは気付いてくれませんでした。猫は、追いかけました。前よりも、ずっと身体が軽かった為、すぐにアヤちゃんに追いつきました。でも、猫は魂だけなので、アヤちゃんは気付いてくれませんでした』

猫「アヤちゃん!ぼくだよ!ねぇ、こっちを向いて!」

ミホ「ただいまぁ」

語り『猫は、家の中までついていきます。魂だけなので、汚れていても怒られません』

猫「やった。ぼく、アヤちゃんにまた会えた。もうなでなでもだっこもしてもらえないけど、いいんだ。だってぼく、アヤちゃんと一緒にいられれば、なんにもいらないもん」

語り『猫は、毎日アヤちゃんの側にいました。眠っている時も、ご飯を食べている時も。学校についていっても、誰にも怒られません。猫は、幸せでした。毎日毎日、アヤちゃんと一緒にいられるからです。そんなある日』

ミホ「…お母さん…頭痛い」

母「何だか、顔色が悪いわね。風邪かしら」

語り『アヤちゃんが、すごい熱を出してしまいました。お母さんが急いで病院に連れて行きましたが、特に変わった病気ではないと言われました。暫くアヤちゃんは、お薬を飲んで寝ていましたが、何日も熱が下がらなかったので、入院する事になりました』

猫「アヤちゃん大丈夫?しっかりして!ぼくも一緒に行くからね!」

語り『猫は、アヤちゃんの側にいました。色んなお薬をアヤちゃんは飲みましたが、なかなかよくなりません。アヤちゃんは、どんどん痩せて行きました』

母「先生!あの子を助けてください!」

医者「申し訳ありません。我々も手を尽くしてはいるのですが…」

語り『お医者さんも、お母さんもすごく困っていました。アヤちゃんは、苦しそうでした。猫は、何かしてあげたいと思いました。でも、魂だけの猫には何も出来ません。その時、あの天使様が現れました』

天使「猫。今すぐその子から離れなさい」

猫「どうして?ぼく、アヤちゃんが心配なんだ。よくなるまで、側にいてあげたい」

天使「いいかい猫。よく聞くんだ。その子は、アヤちゃんじゃない」

語り『天使様は言いました。その子の名前はミホちゃんで、アヤちゃんはもう、いないと』

猫「そんな事ない。だって、ここにいるもの。アヤちゃんはここにいる」

天使「いないよ。だって、君が死んでからもう、五十年以上が経っているんだ。アヤちゃんはもう、死んでしまった」

語り『けれど、猫はそれを信じられませんでした』

猫「嘘だ。だって、アヤちゃんはここにいるもん。そんなの嘘だ」

天使「猫。どうしてその子が熱を出したんだと思う?それはね、君がいるからだ」

猫「ぼくがいるから?」

天使「そう。君は、死んでからも何十年も待ち続けたせいで、悪い霊になってしまった。そして、ずっとその子と一緒にいた。人間は、悪い霊と長くいると、死んでしまう」

猫「嘘だ。どうしてそんな事を言うの?ぼくはただ、アヤちゃんと一緒にいたいだけなのに」

天使「ねぇ猫。早くその子から離れてあげて。その子が死んでしまったら、君はもうただの悪魔になってしまう」

猫「嫌だ。ぼく、ここにいる。アヤちゃんが元気になるまで待つんだ」

語り『猫は、今度もけして動こうとはしませんでした』

ミホ「お母さん…お母さん…寒い…苦しい…」

母「ミホ!ミホ!あぁ先生!お願いします!ミホを助けて!」

語り『お母さんが、叫びます。それでも、猫は離れたくありませんでした』

猫「大丈夫だよ。アヤちゃん。寒いの?なら、またぼくをだっこすればいいよ。そしたら、きっと元気になる」

語り『天使様の呼びかけにも、猫はけして動きませんでした。アヤちゃんによく似たその子は、死んでしまいました』

猫「アヤちゃん。ねぇ、アヤちゃん。どうしたの?」

語り『動かなくなったその子の側で、お母さんが泣いています。猫は、何度も呼びかけましたが、もうその子は動きませんでした。天使様が、哀しい顔で言いました』

天使「あぁ、これでもう、君は天国には入れない。そして私は、君を消さなければならない」

猫「どうして?何がいけないの?ぼくはただ、アヤちゃんと一緒にいたかっただけなのに」

語り『天使様は、そんな猫に言いました』

天使「君がもう少し早く離れていれば、その子は死ななかったかもしれない。そして君は、もう猫じゃない。悪魔になってしまったんだよ」

猫「悪魔ってなぁに?解らない。だって、ぼくは」

語り『天使様が手をふると、猫の身体が少しずつ消え始めました。猫は、死んでから初めて、寒いと感じました』

猫「寒い。寒いよ、アヤちゃん。ねぇ、アヤちゃん」

語り『そこで、猫は気付きました。自分の身体が、真っ黒になっている事を。真っ白で、ふわふわだった猫では、無くなってしまっている事を』

猫「ぼくは、ぼくはただ、アヤちゃんと一緒にいたかっただけなのに。もう一回、名前を呼んで抱きしめて欲しかっただけなのに」

語り『猫は、哀しくなりました。涙が溢れました。アヤちゃんにもう一度、名前を呼んで欲しかったなと思いました。ポタリと、地面が濡れました。それは、降り出した雪のせいでした。これは、一匹の猫のお話。真っ白で、ふかふかな毛をした、一人ぼっちの、猫のお話』