純少女 ピュア・ガール(第2話)
ヨキのやつは何をやらせても器用だ。あいつのメイクひとつで俺の凡庸な顔が輝くアイドル系美少女に変わる。もはや本人の片鱗すらない。
その脇で婆さんが優雅に声をころがす。
「こいつの手口はいつも同じ。格安のアイドル養成所をうたった広告をネットに出して女の子たちを釣る。標的は10代。無知と無力さを利用するのさ。面接だとホテルの一室に呼び出して身体検査と称した性犯罪を行う。かなり酷いことをするらしいよ。そのあと、隠し撮りしたカメラを見せて、動画を流されたくなければ黙っていろと脅迫する。被害者は泣き寝入りするしかない。地獄でしかなかった記憶も思い出したくないだろうね。今回の依頼は被害者の親だよ。妊娠が発覚して親に打ち明けた後、自殺したそうでね」
「まさに俺にうってつけの仕事だな。けど、10代でも知恵はあんだろ。ホテルに呼び出されりゃ如何(いかが)わしいって気づくだろうよ」
「うまいこというのさ。君の可愛さは芸能界に革命を起こせる、部屋は地方の子が何人も泊っている、とか。逃げようとしたら部屋の外にいた男二人に捕まったそうだよ」
「組織ぐるみか。その男たちも何するか知れたもんじゃねえな」
「ああ。いつもみたいに惨殺しておやり」
「言われなくても最後はロシアンマフィアの処刑スタイルだぜ」
俺はサバイバルナイフの切れ味を試す――ああ、引きちぎった睾丸(タマ)を口ン中に突っ込んで窒息死させてやる。
俺は婆さんに指定されたホテルへと向かった。あらかじめ、ネットでヨキがアイドル志望の少女になりすまして前田を誘い出している。俺のこの顔とヨキの純朴ぶった応募文句にさぞかし興奮しただろう。自分の命が俺の手で握りつぶされ始めたとも知らず。
駅のはずれにあるビジネスホテルはフロントを通さずに入室できるシステムだった。異常な状態で出て行く少女に誰も気づかないのはそのせいか。一応、防犯カメラはある。だが、カメラは事前にヨキがハッキングして静止画像にすり替えてある。この間は誰も映っていない画像が流されるだけだ。
エレベーターを降り、廊下を進む。前田のメールにあった番号の部屋の前には誰もいない。部屋に入った後に見張りに来るのだろう。そいつらも片付ける必要がある。
ドアをノックすると「どうぞ」と愛想のいいくぐもった男の声が聞こえた。
入った俺は部屋の奥の椅子に腰かける男を見て面喰った。前田は度を越えたとんでもない肥満体だった。おいおい、聞いてねえぞ。俺の武器はサバイバルナイフ、オンタリオ・エアフォースSP2(ツー)。刃渡り12センチしかねえ。脂肪が邪魔だ。急所に届くか。
自分の巨体に驚かれるのは慣れているのか、前田は億劫そうに立ち上がりながらオレに近づいた。立ち上がると190センチ以上ある巨漢だ。160センチの俺は縮んだ気分になる。
「へえ、君、写真よりいいじゃない」
前田は上から下へと俺に無遠慮な視線を這わせる。膨らんだ顔の奥で細い目がねっとりとギラつく。突き出た腹、顔の肉に隠れた首周り、太く肥えた手足――急所もだが、縄でも縛りにくい体だ。俺は内心舌打ちした。
ヨキの野郎、次から顔だけじゃなくて全身写真を資料につけろ。
俺は殺気を悟られないよう、現役JKらしく努めて明るく振る舞う。
「あはっ、ありがとうございますぅ❤」
「いやあ、かわいいねえ。じゃあ、脱いで」
「あ!?」(「あ」には濁点)
「ダメだよ、可愛い子がそんな怖い顔しちゃ。水着の仕事が入ったときに傷があったら契約違反だとカメラマンに言われるんだよ。そのまえに僕が確認しないと」
卑しい笑みを浮かべながら、太い腕で俺を胸つかもうとする。
この、クサレが! 俺は愛想笑いを浮かべながら素早く回避する。
「逃げようなんて考えない方がいいよ。外にはガードマンがいるから」
「えーっ、考えてないですよぅ、うふっ」
美少女の俺を前に、前田はもう隠す気がないようだった。
「もうわかってるんだろ、自分が何されるのか。でもね、最初は僕の番だから。あいつらいつも始めるとしつこいし。ボロボロの状態で渡されてもねえ」
「最初」「あいつら」って――てめ、このクサレどもが!!!
俺は右手をスカートの下に入れ、スカートの下に隠していたナイフの柄を逆手につかんだ。ナイフの台尻には特注でジルコニアを入れている。強度はダイヤに近い。これで奴のこめかみを一撃する。こめかみは強打されると平衡感覚が失われ、意識不明になる。その間に拘束して虐殺だ。
俺は取り出したナイフを振りかぶった。
――ダメッ!
頭の中に悲鳴が響いた。この声、“小野悠里”か!?
一瞬の躊躇が手元を狂わせた。振り下ろしたナイフは前田の頬を切り裂いていた。前田が絶叫する。無理もない。頬は主要神経が密集しているから激痛が走る。
前田がわめき続けるせいで部屋のドアが開き、男二人が入ってきた。俺は逃げる間もなく男たちに軽々と持ち上げられ、前田の指示で左右から男たちに両肩両腕を押さえつけられた状態でベッドに仰向けにされた。
“小野悠里”の体は何をするにも不利だ。パワーは弱えし体力がなさ過ぎる。
俺の落としたナイフを拾った前田が左頬を抑えながら馬乗りになる。
「痛てえぞ、このクソガキ! 顔刻んでから始末してやる!!」